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豚さんとチワワで誰か分かってしまうのはwrwrd病か?
※最初に掲載した注意書きと前提をよくよくご覧の上、読み始めてください。
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ワンクッション
エーミールの表情は、研究所所長であり軍参謀長としての顔に戻っていた。
対するイリーナは顔面蒼白で、拳銃を持つ両腕は小刻みに震えていた。
「いつから…知ってたんですか…?」
「グルッペンに研究所所員の資料をもらった時には、あらかた察しはついていました。R国の大学生が、A国出身のはずはないですからね」
エーミールの台詞に、イリーナは目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。
「どうしてそれを…」
「主任の辞令を出した時、言ったはずですよ。『貴女の卒論を読んだ』と」
「え…?」
「確かにあの論文は、A国で発表されてます。が、A国の知人に論文を見せたのは、私です」
「何で…、何でそんなことが」
「……貴女が他人に興味ないのは、知っていましたが」
銃口はまだイリーナを捉えたままである。
エーミールはベストの後ろに仕込んでいたカツラを、雑に被って見せた。
「なっ……?きょ、教授……?!」
「人間嫌いの貴女に、覚えていただいていたのは嬉しいですよ。イリーナさん」
エーミール片眼鏡を装着し、手櫛でカツラを整える。
紫ががったロマンスグレーが外にはねた髪。きつい目つきの顔にかかる片眼鏡。
こうなればもう、間違えようもない。
「エーミール…教授…」
この研究所で彼を見た時、どうして思い出せなかったのか。
祖国の大学で、研究に没頭するイリーナを、ただ一人肯定し、評価してくれた教授。
賄賂も身体も求めない。彼が求めたのは、経過と結果と熱意だけ。あの腐敗凄まじい学校において、彼の授業は、勉学を志す者達には、幸福な時間だった。
忘れようもなかったはずなのに。
思えば、エーミールという名前だって、そうそう聞くものではない。
「研究に熱中するあまり、本国からの『命令』をすっかり失念していたようですね」
「そこが貴女の悪いところであり、良いところでもある」
「昔も言ったはずです」
イリーナは目を伏せ、小さく頷く。
「……覚えています」
「教授…、お願いです。私と一緒に来てください」
「絶対に悪いようにはしません!」
「教授のこと…、撃ちたくないんです!!」
涙が零れる。
「私は撃てます」
冷淡で無慈悲な、参謀長としての言葉。
トリガーにかかる指に力がかかる。
「イリーナッ?!」
高台に響く、女性の悲痛な叫び声。
イリーナではない。
「エリさんッ?」
女性の姿をエリと確認したエーミールは、ついそちらに気を取られ、イリーナへの警戒が一瞬だけ薄れた。
そうと気づいたのかはわからないが、その瞬間を狙ったように、イリーナは拳銃の引き金を引いた。
タンッ。
銃声と同時に、エーミールの左腕から血飛沫がほとばしる。
引き金を引いた本人であるイリーナの顔が、驚愕に歪む。
「イリーナッ!何してるの、アンタッ」
「エリさん、伏せろ!!」
血が流れるのも構わず、エーミールはエリの前に走り、彼女の盾となる。
「教授ッ!動かないでッ!!」
イリーナが悲痛な叫びを上げる。
銃口はエーミールではなく、エリに向いていた。
「……手を上げて。銃を捨ててください…」
エリを庇おうとイリーナに背を向けてしまったエーミールは、イリーナの言うことを聞くしかなかった。両手を上げ、持っていた拳銃を手から離し、地面に落とす。
状況がわからないなりに、研究者としての性か、エリは何が起きているか考察した。
ここにはイリーナに呼ばれて来た。
そのイリーナが拳銃を持って泣いている。銃口は自分に向いていた。
腕を撃たれても、自分を庇おうとした男。イリーナは『教授』と呼んでいた。髪型に覚えはないが、片眼鏡をかけた険しい顔に間違えようもない。
「所長…ですよね?」
「そうです。が、説明している暇は、なさそうですね」
「説明は、後で私がするから…。もうすぐ『本国』から迎えが来る。教授も…エリも来てもらうから」
イリーナの言葉を待っていたかのように、海の方から船のエンジン音が聞こえた。
小型クルーズ船。300馬力2基がけエンジン。A国のレジャーボートを模しているが、エンジンはR国製だな。
まだかすかにしか聞こえない船の音で、エーミールはそこまで判断した。
「本国から、幹部を拉致してこいって言われた時は、どうしようかと思ったけど…。エリのおかげで上手くいったわ。ありがとう」
「……どういうこと…?」
エリの声が震えている。
「本当は前の所長でお茶を濁そうと思ったんだけど、あの戦争狂に更迭されちゃったからね。次の所長…は難しそうだったけど、エリが世話焼いてくれて助かった」
「だからエリも、私の国に連れてってあげる。私の大事な家族に会わせてあげる」
「イリーナッ!あなた…ッ」
エリが悲鳴のような叫び声で、親友の名を叫ぶ。
銃口をエリに向け、涙を流しながら狂気の笑みを顔に貼り付けているイリーナは、もはやエリの知っている愛らしい親友ではない。
愕然とした表情でイリーナを見つめるエリに対し、イリーナは甲高い声で笑う。
「気の弱いぼっちの外国人研究者を見て、かわいそうって思ってた?同情してくれた?庇護欲満たせた?」
「おかげでやりやすかったよ、エリ。あなたには本当に感謝してる」
「教授も…。参謀長の正体がエーミール教授なんてビックリしたけど、突如消えた天才教授が見つかったって報告したら、私、昇進しちゃうかも。弟をいい学校に入れられるかも」
気分が高揚しきっているイリーナの様子を窺いつつ、エーミールはゆっくりと手を下に下ろしていった。
「動かないでッ」
「私、射撃下手だから、慌ててエリの頭撃っちゃうかもだよ?」
「……怖いこと言わないでくださいよ」
エーミールは再び頭の高さまで両手を上げた。
船のエンジン音が近くなる。
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“こちら豚さん。川上から大きな桃がどんぶらこ”
“こちらチワワ。桃、確認”
“食えるか?”
“美味そうやな。イケるイケる”
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【続く】