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3 ◇上司と同じ電車
ちょうどそれから数日後、ほんとにたまたまの偶然で石田と
帰りの電車で一緒になった。
百子の帰宅方面とは反対方向だったのだが、友人と待ち合わせをし
大阪に行くため百子はその電車に乗ったのだ。
プラットホームで互いに気付き、一緒に電車に乗り込み隣同士に座った。
百子の友だちは百子の左側、石田は右側で、百子……両手に花だった。
隣に友人がいたのも良かった。
落ち着いて石田と彼が電車を降りるまでにこやかに話ができた。
石田は途中下車し、「「お疲れさまでした」」と言い、互いに別れた。
友人は百子に何も訊いてこなかったし、百子も『会社の上司で
一緒に働いてる』と説明したのみで、それ以外余計な話はしなかった。
この日の僅かな時間が石田の気持ちの中に、ほんのり百子を住まわせたことを
百子は知らなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
当時旧姓で秋野だった百子には支店に同期が女子3人に男子4人がいた。
今でこそ、同期入社の女子たちから誘われることもほぼなくなっている
けれど、入社直後にあった同期会には百子も2~3度参加した記憶がある。
その時前の席になった日比野隆太とは、緊張なく無邪気に話せ、
それがきっかけで彼とだけは今も社内外で会ってもお互い少しなら立ち話
できるくらいの距離感がある。
これまで日比野と一緒に仕事をしたことは皆無だった。
それが入社して一年過ぎた頃、どちらも上司に付いての営業で
泊まりの出張で一緒になることに。
総勢6人で出掛ける営業の仕事となった。
百子と日比野は最初の同期会があった時に互いに各々メルアド交換を
済ませていたため、この時の出張先で仕事が終わった後、日比野から
『暇だから部屋に遊びに行ってもいいかな?』というようなメールを
もらった。
一瞬躊躇したものの、日比野なら大丈夫という安心感と最悪何かあっても後悔は
しない相手というのが百子の中での異性を部屋に入れてもいいかどうかの基準に
なっていて、日比野は許容範囲だった為、百子は『いいよ』と返事をした。
そうは言っても、彼ならいきなりそんなことにはならないだろうという自信めいた
ものはあったからなのだが。
そうは言っても、彼ならいきなりそんなことにはならないだろうという
自信めいたものはあったからなのだが。
4 ◇出張先で仲のよい同期と
「おじゃましまぁ~す。
風呂がまだだから1時間くらいしたら撤収するのでぇ~」
「うん、どうぞ。
久しぶりだね、話するの。
同期の人同士で飲み会とか今もあるのかな?
私なんか、すっかりお呼びがかからなくなっちゃって」
私と彼は座卓を挟んで座った。今回のお宿は旅館だ。
「いや、もうやってない。
しばらく呼ばれたりしてたけど。
男どもは女子たちを誘ってたみたいだけど、彼女たちの興味が
友人知人を通しての異業種に向いちゃったみたいで今じゃ見向きも
されてないよ。
どう? 仕事っていうか課の雰囲気は。
上司の石田さんなんかどう?
女子社員にモテまくりの割に誰とも付き合ってないみたいだけど」
「仕事のことが聞きたいの?
それともモテてることが気になるの? あははっ」
「なんか、秋野の課ってモテる上司がいるのに女子同士の確執もなく、
ほのぼのした職場だよなぁ~。
秋野の課に配属されたかったわ」
「日比野くんの課はややこしいの?」
「まっねー、いろいろあるんすわ。
そそっ、これ、ポッキーチョコ持ってきた、ンと、コーヒーも」
「ありがとー、気が利きますねぇ~。
いただきまぁ~す。
ポッキー久しぶりだけど、やっぱ美味しいね」
「本当はどこか洒落たバーでも行きたいところだけど、外出すると疲れるし、
出先だからさ。ペイペイだしな」
「ふふっ、そうだね。
お風呂も入んなきゃいけないし、明日はまた新幹線で帰らなきゃだし」
『ブー、ブー、ブッブッブッ』
日比野くんとお互いの近況なんかを話している途中で石田さんから
電話が掛かってきて、びっくりした。
「日比野くん、私、石田さんに仕事のこと? で呼ばれみたいたから……」
たぶんという意味合いを込めて小首をかしげながら百子は伝えた。
「あぁ分かった。
あんまり話せなかったけど久しぶりに近況聞けてよかったよ。
じゃぁ、またな」
「うん、またね。おやつ、ごちそうさま」
私はドアを開けて出て行く日比野くんに手を振った。
同期のよしみで日比野くんがわざわざ話をしにきてくれて私は嬉しかった。
空気のようじゃなくてちゃんと彼の中に私という存在が
認識されていることが嬉しかったのだ。
5 ◇思惑
日比野くんを見送りしばしボーッとしていたのだけれど、我に返ると
呼ばれてたことを思い出し、急いで石田さんの部屋へと向かった。
私は上司の部屋の前で2度3度とノックをした。
ドアが開き、石田さんの顔が見え……中に入るものだとばかり考えていた
のに予想に反して中に入るようにという『どうぞ』という言葉を聞けず
私は困惑した。
お互い見合うように視線を交わしていたけれど、私はいたたまれなくなり、視線を
外して少し下方に落とした。
上司の紡ぎ出す言葉を待つために。
……なのに、何も言葉が落ちてこなくて焦った私は自分のほうから
声を掛けた。
「あの、用事とは何だったのでしょうか?」
「あぁ、ごめん。
何か俺、勘違いしてた。
もういいよ、すまなかったね」
「大丈夫です。じゃあ、失礼します」
◇ ◇ ◇ ◇
石田は秋野が立ち去った後、閉めたドアに凭れかかり呟いた。
『一体……何やってんだか、俺は』
手で前髪をかき上げ目を閉じ、項垂れた。
『石田さん、大丈夫かしら。忙し過ぎて頭の中が整理されてないのかも』
その日はそんな風に上司の心配をしつつ、百子は自分の部屋へと戻り、
風呂に入って就寝した。
◇思惑
出張は若い百子でも流石に疲れたけれど、翌日が日曜で随分休息が取れ、
週明けにはかなり疲れも快復していた。
『さぁ、今日も頑張らなくちゃ』と気合を入れて仕事をしていたため、
いつも席にいるはずの黒田がいないことにも気付かずにいた百子に、
これもまたいなかったはずの席についていた石田からふいに声を掛けられ、
一瞬ぽかんとする百子だった。
だってこれまで仕事以外で話し掛けられたことなどなかったものだから。
それはこんな台詞だった。
「秋野さんって仕事先の旅館なんかで、男を部屋に入れたりするんだ?」
何に向けての質問なのか分からずとも、自分にとって恥ずかし気な
質問には違いなく、思わず周囲を見回した。
誰かに聞かれているかどうかを瞬時に脳が判断した結果のこと。
幸いなことに皆出払っていてここにいるのは上司と自分だけということは
分かった。
さて、何故こんな質問を自分に……。
周りに向けた視線を今度はやや斜め上に向けて百子は考えてみた。
#占い
設楽理沙
45
空蝉 桜
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コメント
1件
第2話、読み終えました!電車で隣り合った偶然から、出張での同期・日比野くんとのほのぼのした時間、そして石田さんからの唐突な「男を部屋に入れたりするの?」という質問…百子の困惑が手に取るように伝わってきました。石田さん、気になって仕方ないんですよね、彼女のことが。あの電話のタイミングも絶妙で、思わず「おやおや?」とニヤリとしました。これからの距離感の変化が楽しみです!