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篠原愛紀
あ。
目から鱗と言いますか、日高さんの言葉であの日ばっさり跡取りを辞めさせられた日が思い出される。
私みたいな役立たずは、後はどこかに御見合いでもさせて追い出されると思っていたけど、此処に連れてこられたのにはきっとこの意味があったんだ。
「私、鹿取ちゃんならいいの。でも幹太はこんな律儀で頭が堅くて融通も利かないし頑固で顔も怖いし後は」
「も、そこまでで良いですよ。幹太さんが言葉も顔も怖くても、優しい人なのは分かってるので」
幹太さんの悪口がヒートアップしそうな所で止めておく。日高さんには積年の恨みが蓄積してるのかもしれない。
私は小学生の時の御使いの件しか思い出はないけど、トラウマだったから分かる。
「優しいよね。――でも結婚は別よ?」
声のトーンが低くなる。日高さんはお腹を摩りながら、落ち着いた声のトーンで言う。
「あの外人さんとはもう会わないと言うなら、幹太との話が来たら前向きに受けてみるのも良いけど、少しでもまだこわいとか親に逆らえないとかあるならちゃんと自分の意見を言って頑張って」
日高さん……。
自分の方が大変なのに、私の事を気にかけてくれたんだ。
それと初日に幹太さんが私に冷たかったのはお見合い自体が起こらないようにとわざと大袈裟にパフォーマンスしたんだと思うと言ってくれた。
もし私が幹太さんとお見合いするようなことがあっても大丈夫なように、教えて勇気づけてくれたんだ。
「はい。勿論です。ありがとうございます。今、私、すごくわくわくしてます」
「え? 外人さんとはダメだったのに?」
先ほどから聞きたくてうずうずしていたのだろう、身を乗り出してきた。
「はい。元々、鳥籠から出してくれるという一夜限りの賭けでしたから。今、寂しいけどわくわくして満たされてます。もう鳥籠には戻りません。あの方には、感謝しか浮かばないです」
夢は、覚めてしまうからこそ、その瞬間瞬間を楽しめる。いつか、覚めるから。
「そっか。ふっきれたのか」
残念そうに言うけれど、顔は優しい。顔は、幸せそうだった。
「私もね、この子と頑張る。だから幹太にも頑張って欲しいんだよね」
お腹を摩ると、その瞬間、日高さんの表情は慈愛に満ちていて、本当に聖母マリアを連想させる。
「はい……。 二人に負けないよう頑張ります、私も」
「うちの春月屋に出入りしている業者の子もけっこうレベル高いよ。あと、近くの劇場の役者とかも買いにくるからさ」
日高さんはそれからも色んな話をしてくれた。主に恋愛話が中心だったけど、それでも私の知らない世界がいっぱいで楽しく聞けた。
彼女がそんなキラキラ輝く世界で堂々と生きているのは、頑張っているからだと思うとさらに尊敬することができた。
私も、後ろ向きに悩む暇があったら頑張って進んでみようって思えた。
「あと、気になってるのよね。勘、だから申し訳ないけど」
紅茶一杯を奢る払うの押し問答中に、急にそう言われて伝票の取り合い中の手を止める。
「勘?」
「鹿取ちゃんの妹さんの美鈴ちゃんって幹太の事」
「へ」
「なーんて隙あり」
奪い取られた伝票はそのままカードと共にレジに吸い込まれるように置かれてしまう。
日高さんは、甘えなさい、と私に親指を突き出して男前に笑ってくれた。
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