ナッキが御前会議の輪に加わると最近恒例になっている言葉を口にする。
「皆お待たせ、んじゃあ始めよう、どう? 最近何か有った?」
ヒットが待っていましたとばかりに発言だ。
「おお、有ったぞナッキ! 何日か前に一緒に行ったじゃないか、下の池の東側の花園な、あそこ昨日覗いて見たら凄かったぞ! あの時の倍、いいや何倍も咲いていたぞ! 晴れたら行ってみようぜ!」
「ああ、あそこの花綺麗だったよねぇ~、そうかぁ、あの時より何倍もぉ~、良いねぇ~、楽しみだねぇ~」
オーリも身を乗り出して言う。
「ねえねえナッキ! 今年産まれたウチの子達なんだけどねぇ、なんとっ! もう滝を上がれるようになったのよ! 凄くない?」
「へーそれは凄いねぇ、あれじゃない? 今までで最短記録なんじゃないのぉ?」
「そうなの、うふふふ♪」
こんな感じである。
他のメンバーも、変わった形の石を見つけただとか、今年は雨が少ないだとか、カーサとサムがなにやら怪しい、デキてるかもだとか、あまり重要とは言えない話に終始していった。
神は天にいまし、すべて世は事もなし、良く言う世はなべて事も無しってやつである。
ロバート・ブラウニングの『ピッパが通る』最後の二行だが、奇(く)しくもこの時、宙天には神々とも言える悪魔達の残滓(ざんし)が七色に輝き、それによって守られた純粋なピッパ、いいやナッキ達が日々を事無く送れているのだからぴったりの言葉ではないだろうか?
そういえば劇中では、休日を喜んで歌い歩くピッパが気が付かないだけで、周りに色々な事が起こっていた、それを神の思(おぼ)し召しと言うのが前述の言葉であった。
若(も)しかしたら、この場面も同じかもしれない……
前振りに合わせた訳ではないだろうが、年長のメダカ達が最後に声を揃える。
『見た事も無い虫が空を行ったり来たりしていましたよ』
「ふーん、どんな虫だったの?」
『どんな、ですか?』
「ほら、美味しそうだったとか、綺麗な虫だったとかさ」
『……見えませんでした』
「えっ?」
『速過ぎて……』
「ええっ!」
その後、ナッキだけではなく他の出席者も真剣に聞いたところ、素早くて定かでは無いが、木の枝のように細長い虫が、大きな羽音と共に上の池の上空を飛びまわり、何かを大量に落として行ったらしい事を聞き出したのである。
「落とした…… 一体、何だろうか……」
カジカが神妙な面持ちで答える。
「恐らくですが、卵とか幼生では無かろうかと! 我々の中にも水辺の上に卵を産み放つ者も居りますから、ほらモリアオなんかがそうですよ!」
「そっか、きっとそうだよね、生き物は無駄な事なんかしないから…… で、どうなの? 上の池で虫の卵とか子供みたいなヤツって居たのかな? 探したりしてみた?」
メダカは申し訳無さそうな表情を浮かべて応える。
『探したんですが見つけられなくて…… 水草が生い茂っていて、ごめんなさい……』
ナッキは笑顔を浮かべてメダカ達を慰める様に言う。
「気にしないでよ、上の池の水草にはさ、皆の大切な卵が着けてあるから無茶出来ないしね! それにさ、その虫? や子供達が敵対勢力とは限らないからさ、若しかしたら僕たちにとって美味しい餌かも? 知れないじゃない? げへへへ」
「だなナッキ! 美味いといいな、げへへへ」
『げへへへ』
まあ、魚類と両生類の混成組織である、こんな物だろう。
基本食欲と生存欲、後は生殖に関わる繁殖欲であるがこの部分に無関心なナッキは、特別『食』には五月蝿(うるさ)くなっていたのである、所謂(いわゆる)グルメというヤツだ。
そんな意地汚い国主に引っ張られた『美しヶ池』の幹部達がげへげへ笑い合っていると、なんちゃっての癖に衛兵気取りのモロコが飛び込んできて大声で告げる。
「王様! た、大変で御座いますっ!」
「げへへ、へ? どうしたの君、何かあったの?」
「は、はいっ! アカネ様達がお帰りになりまして、上の池の西、森の奥に新たな池を発見したとの事でございますっ!」
ナッキは幹部達を見回して嬉しそうな声を上げた。
「聞いた? 久々の大ニュースじゃないのぉ! ねえ、皆で行ってアカネに聞いてみようよ、その池の事! ね? 君、君! アカネ達は今どこに居るの? ねえねえ!」
まだ若いモロコの衛兵は巨大なナッキに詰め寄られて、判り易くビビリつつも返事である。
「は、はい! かなり急いで戻って来られたようでして、今はモスロックバスチャンの詰め所でご休憩中です!」
ナッキと幹部はニコニコ顔だ。
「オッケーッ! じゃあ、皆行こうか? 楽しみだね」
ナッキの声に頷いた面々はヘラヘラしながら迷彩仕様の苔岩基地、モスロックバスチャンを目指して泳ぎ始めたのである。
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