テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
常盤木(ときわぎ)中学校の1年2組の教室は、朝から蜂の巣をつついたような騒ぎだった。まだ入学して数ヶ月。新生活の緊張が少しずつ解けてきた教室に、臨時の転校生がやってくるという噂が飛び交っていたからだ。
「ねえ、聞いた? 西の方からくる子、すっごいイケメンらしいよ!」
「マジで? うちのクラス、霧谷(きりや)くんがいるだけで少女漫画みたいって言われてんのに、これ以上イケメン増えてどうすんの?」
窓際の特等席に座る霧谷 遼太(きりや はるた)――妖界での本名を、神代(かみしろ)遼太。彼はぶかぶかの新しい制服の袖を少し気にしながら、頬杖をついて視線を校庭へと向けていた。人間の口から出る言葉など、遼太にとっては情報の半分に過ぎない。
(……うるっせぇな、朝から。イケメンだかなんだか知らねぇけど、男の顔なんてどうでもいいだろ)
遼太の脳内に直接流れ込んでくる、クラスメイトたちの『本音(こころの声)』。
「霧谷くん、今日も制服似合ってるな」
「新しい子とどっちが格好いいのかな」
といった、同級生たちのミーハーな思考が濁流のように押し寄せてくる。古来より人の心を読み当てる最強の妖――『覚(さとり)』。その東の頂点である神代家の跡取りである遼太にとって、人間の薄っぺらい感情や思考のノイズを拾うのは、呼吸をするのと同じくらい簡単なことだった。いつもなら、それを右から左へ受け流し、ただの「学校一のクールな1年生、霧谷遼太」を演じていれば済むはずだった。だが。キィィィン――。前触れもなく、耳の奥を鋭い針で刺されたような、不快な高音が響いた。
「っ……!?」
遼太は思わず眉をひそめ、こめかみを指で押さえた。耳鳴り? いや、違う。これは、自分の『覚』の感覚が、何らかの強烈な精神障壁にぶつかって拒絶されたときの「ハウリング」だ。ガラララッ! と小気味いい音を立てて、教室の戸が開いた。担任の教師が入ってくる。その後ろに、一人の少年が続いて歩いてきた。
「お前ら、席につけ。……紹介する。西の方から転校してきた、雨河(さめかわ)だ」
その瞬間、1年2組の空気が文字通り凍りついた。どよめきすら起きない。あまりの衝撃に、クラスメイトたちの息を呑む音だけがシンと響く。入ってきた少年――雨河 慶介(さめかわ けいすけ)は、噂以上の、いや、人間の域を逸脱したような圧倒的な美形だった。切れ長の鋭い瞳に、すっと通った鼻梁。白磁のような肌に、艶やかな黒髪が映えている。都会的で冷徹な、彫刻のような美しさ。クラスの誰もが、その大人びた容姿に一瞬で目を奪われていた。学校一の美少年と称されていた遼太とはまた違う、ひんやりとした涼気を感じさせる美貌。だが、遼太だけは、別の衝撃で目を見開いていた。キィィィィィィン――!!!雨河が教壇に立った瞬間、耳の奥のハウリングが爆音へと跳ね上がった。頭が割れるかと思うほどの精神的な衝撃。
(な、んだこれ……!? 音が……消えた……!?)
驚愕のあまり、遼太の背筋にゾッと冷たいものが走る。今まで教室中に満ちていた、生徒たちのくだらない本音のノイズ。それが、雨河慶介という存在が部屋に入ってきた瞬間から、完全に「無音」になったのだ。ただ静かになったのではない。遼太の『覚』の能力そのものが、雨河を中心に発生した目に見えない「精神の壁」によって、強烈に弾き返されている。
(心が……読めない? 遮断されてる……!? 嘘だろ、人間の中に、この俺の力を完全にシャットアウトできる奴なんて――。いや、そもそも本当に人間か……?)
遼太はたまらず、教壇の雨河を凝視した。すると、まるでタイミングを合わせたかのように、雨河の切れ長な瞳が、まっすぐに遼太を捉えた。
「え……?」
遼太は息を呑んだ。雨河の、どこか冷ややかで傲慢だった表情が、一瞬だけ微かに歪んだのだ。その美しい眉がピクリと跳ね上がり、驚きに目を見開いている。雨河の視線が、雄弁に物語っていた。
――『おい、お前。今、俺の心を覗こうとしたな?』
――『というか、お前は何なんだ? なんで俺の心が読めない?』
同じ1年生でありながら、周囲の人間を寄せ付けない二人の美男子が、教室の端と端で、互いを射貫くような視線を交わす。周囲の人間には、単に「お互いの顔の良さをライバル視している」ようにしか見えなかっただろう。だが、二人の間には、常人には決して知覚できない、張り詰めた精神の火花がバチバチと飛び散っていた。
「……雨河慶介です。よろしく」
低く、心地よく響く声で、雨河が短く挨拶をする。人間の学校に完全に溶け込んでいるその姿に、遼太は激しい違和感と警戒心を抱く。
「ええっと、雨河の席は……。そうだ、霧谷の右隣が空いてるな。雨河、あそこへ行け」
担任の気楽な声が、遼太にとって残酷な宣告のように響く。
「なっ……!」
遼太は思わず声を上げそうになった。よりによって隣だと!?雨河は小さく頷くと、静かな足取りで教室の通路を歩いてきた。女子生徒たちの熱い視線が雨河の背中を追う。しかし雨河はそんなものには一瞥もくれず、まっすぐに遼太の席へと近づいてくる。一歩、近づくたびに。キィン、キィン、と耳の奥のハウリングが強くなり、周囲の雑音がさらに遠ざかる。そして、雨河は遼太のすぐ右隣の席に、静かに鞄を置いた。椅子を引いて座る。その距離、わずか数十センチ。
「……っ」
近すぎる。雨河が腰を下ろした瞬間、遼太の脳内は『キィィィィン!!』という、これまでで最大の耳鳴りで満たされた。同時に、周囲の全人間の思考がシャットアウトされ、完全なる静寂が二人を包み込む。雨河は教科書を机に出しながら、前を向いたまま、遼太にだけ聞こえるような微かな冷たい声で、ボソリと呟いた。
「……最悪だ。妙なノイズが四六時中響くと思えば、こんな席か
「っ、なんだと……!?」
遼太は詰め寄るように横を睨みつけた。だが、雨河はフンと鼻で笑っただけで、すでに知らんぷりで黒板を見つめている。横顔すら、腹が立つほど整っていて絵になっていた。横から、冷徹で、そして一切の本音が聞こえない「絶対的な無音」の気配がダイレクトに伝ってくる。授業中、腕がかすりそうになるたびに、脳が震えるようなハウリングが走る。
(雨河慶介……。お前、ただの人間じゃねぇな。一体何の目的で俺の隣に座りやがった……!)
常盤木中学校1年2組の朝の光の中、偽名を使った二人の「お隣さん」の、最高の、そして最悪の出会いが静かに幕を開けた。お互いの正体が、妖界最高峰の『神代』と『如月』であることなど、この時の二人はまだ、知る由もなかった――。
新庄 駿
182
#文芸アクション
大正
4,228
#主人公最強
ウサギ様
396
コメント
1件
うわあ、これめっちゃ面白かったです……! 冒頭の「覚」の能力で周りの本音がダダ漏れな設定、もうそれだけで世界観に引き込まれました。そこに転校生・雨河が現れて、能力が完全に遮断される――その衝撃と「無音」の描写がすごく鮮烈で、ゾクっとしました。互いに正体を探り合う視線の応酬も、読んでてドキドキします。隣の席ってのがまた絶妙な距離感ですね……! 続きが気になりすぎます!