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『それじゃあらだお退勤しまーす』
お疲れ様、次々と自身にかけられる声が聞こえる。無線を切り、いつもの様に鞄へと荷物を詰め込めば本署を出る。空を見上げてみればそこに広がるのは青空。久しぶりに早く退勤したので今日は猫カフェにでも行こうか、そんな事を考えながらバイクへと跨る。愛用のバイク、それを見るだけでも頬が緩みそうになる。猫カフェへ行くのも良いが、その前に少しドライブでもしようか。考えを改めるとバイクのエンジンをかけ、走り出す。
「……あー、気持ちい…」
鬼のヘルメットは付けているものの、体に当たる風が心地よい。思わず独り言を漏らしながら、鼻歌でも歌ってしまいそうになるぐらい上機嫌でバイクの運転を続ける。街を抜けると視界いっぱいに広がる海。普段警察の仕事くらいでしか行かないので少し新鮮な気分だ。磯の香りを堪能しながらゆっくりと山へと向かう。ヘリから見る山とバイクから見る山は違った表情を見せてくれる。偶にはこんな日もいいな、ヘルメットのせいか少しくぐもってはいるが笑い声を零し、そのまま島を1周する。ドライブを十分満喫すれば次に行く先は猫カフェ、再度街へと入る。すると、傍に寄ってくる1台の車。なんだろう、と少し横を見ると目に入る赤。その車には見覚えがあったのか、少し眉を寄せて乗っているであろう人物に呼びかける。
「…ウェスさーん?こんなとこで何してんすか?」
呼びかけた相手、記憶が正しければこの真っ赤な車体に乗っているのはアルフォート・ウェスカー、ギャングの一つである餡ブレラのボスのはず。何故近付いてくるのか、警察である為自身に逮捕される可能性もあるのに。まぁ、今は犯罪も何もしていないので逮捕する事は出来ないのだが。それ以前に退勤をしている為、そんな事をする権限が今の自分にはない。しかし、そんな事はどうでもいいのだ、今は自分に近付いて来た理由を知りたい。すると、ふと脳裏に思い浮かぶ一つの思考。以前から出会えば一言、餡ブレラ来ない?と勧誘をされていた為、また誘われるのか?と先程の上機嫌からは一転、少しだけ気分が下がってしまう。まぁ相手からの返答を聞くまで憶測で語っても仕方がない、そう考えはしたものの一向に相手からは返事が返ってこない。どうしてだろう、もしかして人を間違えてしまったか?不安になると自身のバイクを道端に停める、すると相手も同じように停めてくる。少し不審に思ったが此方としては都合が良い、湧き上がった不信感を振り払い、相手に呼びかける。
「あの〜〜…すみません、ウェスさんじゃない…?違う人でした…?」
伺うように、申し訳なさそうに相手へと声をかける。するとガチャリ、と音を立てて車の扉が開く。そこから出てきたのは想像通りの相手、アルフォート・ウェスカーだった。なんだ、ウェスさんじゃないか。安心感からかほっと胸を撫で下ろし、相手へと手を振る。
「なんだもう…ウェスさんじゃないすかー!ビックリした、何も話さないんですもん…」
少々不服そうに頬を膨らましながら近付く。それでも尚返事のない相手に段々と心配になってくる。最初は不信感があったが、ここまで何も話さないとなってくると幾らギャングのボスだとしても心配になってしまう。戸惑いながら一度トントン、と肩を叩いてみる。しかし反応は無い。
「ウェスさん…?あの、本当に大丈夫ですか、?」
「………らだおくん」
「あっ、はい!!!」
相手がずっと喋らなかった為、思わず畏まって返事をしてしまう。少し首を傾げながら疑問符を浮かべ、もしや具合が悪いのか?と相手の顔色を伺う。しかしいつもと変わらず、表情も健康体そのものだ。だからこそ尚更分からない、顔色が悪いのであれば救急隊の方達へと引き渡すし、もし何か相談事があるなら微力ながらも力になりたい。ギャングであれど犯罪を犯していないのなら一般市民、警察の身としても何か協力したいところではある。
「らだおくん、ゴメンね。」
「……え?」
次に発された相手の声、その全てを聞く前に首筋に強い痛みを感じると急に意識が遠のいていくのを感じた。薄れる意識の中相手の顔を一瞬だけ捉えた。最後に見た相手は申し訳なさそうな、それでいて少しだけ嬉しさを滲ませたような表情をしていた。
ウェスカーside
本署からは見えない場所に車をつけ、入口を眺める。すると目当ての人物が出てくるのが見えた。自身が何度も何度も勧誘しても中々堕ちてくれない彼、 やけに上機嫌な雰囲気を醸し出すとバイクが走り出した。バレてしまわないよう、後ろからゆっくり、ゆっくりと相手を追いかける。そのまま島を1周すると街へと同じように入る。目的地があるのだろうか、彼の進む道に迷いは無い。そのまま行かれては困るので、一度速度を上げると彼のバイクへと車体を寄せる。
「ウェスさん?」
自分を呼ぶ声が聞こえる。思わず緩みそうになってしまう頬を一度抓り、表情を保つ。彼が運転をやめ、止まったので此方も車を止める。その間も彼は話しかけてくるが、一度無視をして持ってきた鞄の中からいわゆるスタンガン、という物を出す。ごくり、唾を飲み込むとそれを握りしめ、彼からは見えないように隠し持つ。車から出ると安心感が溢れているような彼の声、嗚呼、可愛い。今すぐ私の物にしてしまいたい。湧き上がる感情を押さえつけながら一言、彼の名前を呼ぶ。すると自身を見詰めながら首を傾げる彼。何故こんなにも彼の前だと感情が溢れてしまうのか…。いつからだろう、彼に恋をしてしまっていたのは。いや、恋と言うには烏滸がましい程に暗い想いだろう。まぁそんな自分語りは今はどうでもいい、取り敢えず彼を手に入れなければ。握りしめたスタンガンに電源を入れ、ゴメン、と言葉を全て言い切る前に彼の首へと素早くスタンガンを押し付ける。崩れ落ちた彼の身体を見れば思わず口角がまた緩む、いつまでも見ていたいが一応ここは街中だ。人通りが少ないとはいえ見つかってしまえば元も子もない。彼の乗っていたバイクは余り人目のつかない場所に押し込み、そして彼を優しく抱き上げる。
「私しか見られないようにしてあげる、らだお。」
耳元でぼそり、囁く。そして一度額に口付けをすると車に乗り込み、足早にその場を去る。向かう先はアジト、助手席に横たえさせた彼を満足気に見詰め、車の速度を上げて向かうのであった。