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ゲストとして呼んでいただいたバラエティー番組の収録が終わり、楽屋へと戻る。

一緒に出演した阿部ちゃんと、取り止めのない会話をしながら、帰り支度を進めていく。



「阿部ちゃん明日は仕事?」

「ううん、明日はお休みだよ」

「えー!いいなぁー!なにするの?」

「んー、最近ずっと朝早かったから、明日はゆっくり寝ようかなって思ってる」

「んえー、阿部ちゃんがそんなこと言うなんて、珍しいねん」

「なんでだろうね、すっごく眠たいの…」



阿部ちゃんは、唇をアヒルの嘴のようにむにゅっとすぼめながら、目を数回擦った。

阿部ちゃんのその仕草に俺のふざけ心は疼いて、ほぼ反射的にそのほっぺたを両手で挟んだ。



「あざとい警察です!!逮捕ーーッ!!」

「んむ!んははッ!あじゃときゅないっへばぁ!」

「なに言ってんの!ファンの子が見たら倒れちゃうよ?!」



頬を挟まれたまま、阿部ちゃんはモゴモゴと返答したあと、俺の両手をゆっくりと離して、首を傾げた。



「えー、そうかなぁ?」

「またそうやって首こてってするじゃん!だからみんなに森林伐採って言われるんだよ?」

「俺を好きになってくれる人がそれで増えてくれるってことでもあるなら、植林とか植栽って呼んで欲しいけどなぁ…」

「さすが、いつでもどこでも、どんなときでも好感度120%のコメントだね」

「ありがとう?」




いつも通りのやり取りにひと段落がついて、お互いの支度も終わったところで、俺たちは一緒に楽屋を出た。

タクシーの到着を待ちながら、ギラギラと光る街灯をガードレールの上に座ってぼーっと眺めた。



「佐久間、そう言えばさ」

「んにゃ?」


街の雑踏と車の走行音に溢れていた空間の中で、阿部ちゃんは唐突に口を開いた。




「翔太とはなんか進展あった?」




前触れなく投げかけられた阿部ちゃんからの問い掛けに、俺は苦笑した。


「残念ながら、なんにもないよ」

「アプローチも、ご飯誘うこともなんにもしてないんじゃ、それはそうか」

「辛辣だねぇ、…んまぁ、どうこうしようって気があんまないんだよね」

「なんでよ」


阿部ちゃんは、少し不満そうな顔をしてむくれていた。




「なんでって言われてもなぁ…」




阿部ちゃんが尋ねる「進展」というのは、言葉通りの意味である。

いつからかはもう覚えていないが、俺はもうだいぶ長いこと翔太に片想いをしている。


勘が鋭いのか、阿部ちゃんはある時そのことに気付いて、俺をご飯に誘った。

俺に大ジョッキのビールを差し出しながら、

「吐け」

と、シンプルなたった二文字の圧力で、阿部ちゃんは俺に迫った。


お酒が弱い俺は、渡されたその黄金色の弾ける液体を三度煽っただけで、マシュマロのように軽くなった口で全てを白状してしまった、というわけだ。

そんな経緯があって、阿部ちゃんだけは俺の恋愛事情を全て知っている。


これは俺の人生史上、最大の不覚であった。



誰にも相談するつもりがなかったからだ。

俺は、この想いを成就させたいなんて、微塵も思っていなかった。



気付いたら好きだと思っていたって、ただそれだけのことで、それ以上でも以下でもない。

今まで通り、いつまでもみんなで楽しく過ごしていたかった。

何かの力を加えて、今のこの状態が崩れてしまうなら、なにもしないのが一番だと思うから。

メンバーと、忙しい中にも彩りに溢れた毎日を送って、そこに翔太も居て、みんなで笑い合っていられたら、それで良かったのだ。


だから、阿部ちゃんの言うように、俺は特に翔太に対してアプローチをかけてみたり、ご飯や買い物に出かけようと誘ってみたりと、そんなことをしたことは一度もなかった。



聞きようによっては、かなり後ろ向きとも取れるであろう考えに耽っていると、アプリで予約していたタクシーがすぐそこまで近付いて来ていることに気付いた。

俺は、阿部ちゃんの優しいおせっかいから逃げるように、その黒い車に向かって手を上げた。



「今が一番幸せだから、かな。じゃあまたね!ゆっくり寝るんだよー!」

「ほんと、こればっかりは消極的なんだから…。またなんかあったら話聞かせて。じゃあおやすみ」



後部座席の窓を開けて、呆れたようにため息をつく阿部ちゃんに手を振ってから、運転手さんに自宅近くのコンビニまで行って欲しいと伝えた。










玄関を開けて、お出迎えしてくれた可愛い愛猫たちと遊んでから、お風呂に入った。

全身を綺麗に洗い上げれば、気分も清々しくなってくる。

自分の髪をドライヤーで乾かしながら、その房を少しつまんで鏡越しにじっと見る。


「そろそろ染め直さなきゃな」


色素が薄まって白み始めている毛先を、洗面台の照明にかざしてみると、それは光に透けてキラキラと輝いていた。




明日もありがたいことに一日中仕事がある。

俺は愛猫たちにキスをしてから、早々にベッドに入った。


毛布の中に集まっていく温もりが、俺の眠気を誘った。

争うことはせず、俺は次第に閉じていく自分の瞼の重みを素直に受け止めた。




完全に落ち切る前、夢と現実の間をウロウロしているような意識の中で、

「ごめん…っ、ごめんな……ッ」

と泣きながら謝る声が虚空から聞こえてくる。


舌足らずで心地よい高めのその声が、翔太のものであることに気が付くまでに、そう時間はかからなかった。



微睡の中で、「泣かないで」と伝えた。

俺の声は翔太に届いただろうか。心の中で唱えるだけに留まってしまったかもしれない。

言葉の行方を見届ける前に、俺の意識は深くまで沈んでいった。


























雨の音で目を覚ますと、まず視界に映ったのは見慣れない天井だった。

自宅のものは白い壁紙が貼ってあったかと思ったが、今俺の目の前には不揃いな茶色い板が、何枚もガタガタに並んでいるばかりだった。


ベッドも驚くほど硬かった。寝具には拘っていたつもりだったが、疲れが取れなかったのだろうか、石の上に寝ているような心地だった。

いつまでも寝転がっていると、返って体を痛めてしまいそうな気がしたので、起き上がって辺りを見回してみた。それでもやはり、俺の目に馴染みあるものは、何一つなかった。



「つなー?しゃちー?」


見込みは薄いが、一緒に暮らしている愛猫たちの名前を呼んでみた。

見覚えのないものばかりが広がる景色に、何か一つでも安心できるものがあればと思っての行動であったが、やはり彼らの気配はなかった。



ここはどこなのだろうか。


確かに昨日、自宅のベッドで眠ったはずなのだが、まるで見知らぬ誰かの家にでも来てしまったかのように、目に映るもの全てに心当たりがなかった。

とは言え、じっとしていても仕方がないので、俺はひとまず家の中を探検することにした。




一階建てのこの家は、歩く度に床がギシギシと軋んだ。部屋中を歩き回っていくと、ベッドやタンス、テーブルに椅子と、全ての家具が木で出来ていることに気が付いた。


およそキッチンには見えないその場所にガスコンロや調理台は無く、かまどの上に鉄で出来たぐにゃぐにゃのフライパンのようなものが置かれていた。

近くには薪がいくつか積み上げられていたので、恐らくここで火を起こして料理をするということだけは辛うじて分かった。


水道が無い代わりなのか、水瓶の中に綺麗な水がたっぷりと溜まっていた。

体に入れても問題は無さそうだったので、金属製の柄杓で掬ってそのまま飲み干した。


寝ている間に渇いてしまっていた喉を潤して、「ぷはぁーっ」と一息つくのと同時に、誰かがこの家のドアをノックした。



インターフォンのモニターなんてもちろん無いこの状況で、俺は少し身構えた。

恐る恐るドアを開けたその先に佇む突然の訪問者は、俺がよく知っている人だった。



「こっ、国王?!!?」

「へ?国王??国王なら都にいるでしょ?おはよう、佐久間」

「お、おはよ…?」

「どうしたの?そんなびっくりした顔して」

「いや、、知らない場所に来ちゃったみたいで、どうしよって思ってたら涼太がいたから驚いちゃって…」

「うん?知らない場所って…ここ、佐久間の家でしょ?」

「んにゃ?そなの?」

「ふふ、寝ぼけてるの?顔洗って目覚ましなね。はい、今日のパン」

「…パン?……え、パン……?」



ドアを叩いたのは、同じグループのメンバーである涼太だった。

涼太も俺と同じく、ここに迷い込んだのかと思ったが、どうやら違ったようだ。

涼太は俺の困惑する顔を、変なものでも見るように眺めては、優雅に笑っていた。一方で、俺は何の脈絡もなく渡されたフランスパンに、ただただ困惑するばかりだった。



「今日の分焼けたから。これは佐久間の分ね」

「あ、ありがとう?」

「じゃあみんなにも渡してくるから。あ、そうだ。今日の会議、ちゃんと時間通りに集合してね?遅刻しないでよ?」

「会議?」

「昨日話したでしょ?みんなで集まって話し合おうって。鐘が鳴る時間に村の集会所で集合だから。じゃあまたね」

「ぇ、ぁ、ちょっと…っ!涼太っ!」



この状況について、何か知っていることがあるなら教えて欲しかったのだが、涼太はすぐに立ち去ってしまった。

カゴいっぱいのパンを抱えて、忙しそうに歩いていく涼太の背中を、俺は呆気に取られるようにして眺めていた。




再開した家の中の散策を終えたところで、ここは俺が生きている時代よりも、もっと昔であるということをようやく飲み込めてきた。


家の中の雰囲気もそうだが、涼太が着ていた服も、先ほど鏡を通して見た自分の服も、だいぶ古めかしい装いだった。

麻の薄いシャツに茶色いベストを重ねて、ゆとりのあるズボンに布地のブーツを合わせた出で立ちは、どこか、御伽話に出てくる庶民の姿を彷彿とさせた。


家の中を隈なく見て回って、ある程度のことがわかったので、今度は外を散策することにした。




コンクリートの地面などどこにも無く、雨に濡れてぬかるんだ土の上を底の薄いブーツで踏みしめて行く。

朝よりかはいくらか収まった小雨をそのまま体で受けながら、気の向くままに辺りを歩き回っていくと、雨水でかさが増した湖のほとりに辿り着いた。


曇天を写した鉛色の水面は、どこまでも大きく広がっていたが、それをじっと見つめるように一人、切り株に腰掛けている人影を見つけた。


この場所に詳しい人かもしれないと、俺は一縷の望みを抱きながらその人物に近付いて声を掛けた。



「あ、あのー…」

「ん?」

「ここって…って、ぅぇ!?めめ!?」

「あぁ、なんだ佐久間くんか」



俺の声に振り返ったのは、紛れもなく普段一緒に仕事をしている、あのめめだった。

唯一違うところがあるとすれば、いつもの洋服ではなく、西洋風の黒い軍服のようなものを着ていることくらいだろうか。


めめは俺を見るなり、明らかにがっかりしたような顔をした。

そのまま、また湖に視線を戻してしまったので、俺は「こんなところでなにしてんの?」と尋ねてみた。

めめは、こちらには目もくれず、「傘の妖精を待ってる」とだけ言った。






めめには出会えたが、有力な情報は何も得られないまま、俺は家に戻ってきた。

硬いベッドに寝転がって、歩き疲れた足を休ませていると、遠くの方で鐘の音が鳴った。


「あ、鐘の音…」


その音を聞いて、俺は今日の朝に涼太から言われたことを思い出した。

会議があると行っていたが、会議の内容も集会所の場所も分からない。

流石に参加しないのは気が引けたので、とりあえずその場所を探しに行こうと木戸を開けた。


外に出ようと足を一本前に出すと、俺の目の前に立ちはだかるようにして、行き先を塞ぐ者がいた。驚いた俺は、咄嗟に後ろに飛び退き叫んだ。



「ぅわぁああ!?バケモノ!!!!」

「誰がバケモノじゃ!!!」

「…なんだ深澤か………脅かさないでよ…顔でかいんだよ…」

「お前マジでぶっ飛ばすよ?」

「てか、ふっかもここにいたのか。どったの」

「んぁ?「も」ってなに?もうみんな集まってんだから早く行くよ?」

「んぇ?どこに?」

「会議するっつったろ。ったく、毎回遅刻すんだから…」

「あぁ!会議ね!さっき涼太が言ってたやつか。鐘の音が聞こえたから今から行こうと思ってたんだよ」

「ほんとかよ…」

「ほんとほんと!でも場所がわかんなくてさ、にゃはは!」

「なに言ってんの?昨日もみんなで集まっただろ?」

「………そうだっけ?」




なんだろう。

目覚めた時から感じ続けているこの違和感は、なんなんだろう。

涼太、めめ、ふっか、この三人との会話が全く噛み合わない。


見覚えのない世界。

この世界になんの違和感も抱いていない涼太。

時代錯誤な服装で、妖精なんてものの存在を本気で信じているような発言をするめめ。

俺には無い「昨日」の俺との記憶を持っているふっか。

俺は今日、初めてこの世界に迷い込んで来たというのに、みんなは不思議なことなどなにも無いというふうに、俺とこの世界を当たり前のように受け入れている。


ここにいるのは、確かにいつも一緒にいる奴らのはずなのに、俺にはみんなが全然知らない人のように思えた。



得体の知れない不安が、じわじわと心にシミを作っていくような、そんな感覚がした。











ふっかに着いて行った先で到着した集会所なる場所は、俺の家であろう建物とそこまで大きな違いはなく、誰かの家のように見えた。

中に入ると、見知った顔ばかりがそこにあった。


涼太、めめ、ラウール、康二、そしてふっか。

部屋に入ると、照が「いらっしゃい」と俺に言った。

照は慣れた手つきで、コップに牛乳を注いで俺に手渡した。


その勝手知ったる様子から察するに、どうやらここは照の家らしい。




「これで全員揃った?」

「いや、阿部ちゃんがまだだね」


言われてみると、確かに阿部ちゃんの姿はなかった。

ここまで顔見知りが揃っているのだから、阿部ちゃんがいないのは、なんだか不自然な感じがした。


阿部ちゃんを最後に見た者はいるかと、少し怯えるような口振りでみんなが話していく中で、不意にドンドンとドアを叩く音が部屋にこだました。


ドキリと心臓が重く鳴る。

張り詰めた空気が、部屋中に立ち込めていく。


緊張しているのは、どうやら俺だけではないようで、この場にいた全員が、その糸をピンと張り詰めさせて、一点にそのドアを見つめていた。




「出てくる」


意を決したように照が立ち上がって、ドアの前に立った。

ノブを掴んで、一度深く呼吸をしてから、照は思い切りそれを手前に引いた。



「!……ぇ、ぁ、どちら様ですか?」

「ぁ、えーっと…すいません、邪魔しましたか?」


大きな荷物を背負い、申し訳なさそうな声でそう照に尋ねながら頬を掻くその青年は、翔太だった。












「あ、翔太。久しぶり、元気にしてた?」

「おう。涼太も変わってねぇな」


涼太は、翔太の姿が目に入ると、立ち上がって親しげに声を掛け、歩み寄って行った。


しかし、涼太以外のメンバーは、翔太のことを知らないようだった。

ふっかが代表するように涼太に問い掛けた。


「え、二人知り合いなの?」

「そうそう、幼馴染なんだ。翔太は小さい時にこの村を離れて旅に出てたから、みんなは知らないかもね。今日は急に帰ってきてどうしたの?」

「里帰りみたいなもん。たまに帰ってきたくなるってだけ」

「そうやったんか!俺、康二いいます!よろしゅう!」

「へぇ、宮ちゃんの知り合いなら安心だね。照って呼んで、よろしく」

「僕、ラウール!よろしくね!」

「幼馴染かぁ、なんかいいね。俺、深澤。まぁこれからよろしくー」

「…目黒です。よろしくお願いします」

「…ども、よろしく」



初対面同士のやり取りが終わると、翔太も含めた8人で、冷たい床の上に腰を下ろして輪を作った。



「じゃあ、そろそろ始めよっか」


照のその言葉を合図に、場の雰囲気は一変した。

先程まで和やかだった空気は、またずっしりと重たくなった。

これからなにが始まるのだろうか。

会議で何を話し合うのか。



照は、唇に人差し指を当て、何かを考えるようにしながら、その口をゆっくりと開けた。

次の瞬間、照が放った言葉に俺は固まった。




「人狼がこの村に隠れてる。俺たちで人狼を探し出して、倒そう。誰か、人狼の特徴とか知ってることとか、何か情報持ってる人はいる?」






「え?は?人狼…?どゆこと?」

「お前さぁ…。昨日話したじゃん。村の人が昨日の夜襲われたって。運が良かったみたいでその人は軽傷で済んだけど、だからっつっても安心はできないから、人狼を見つけてどうにかしようって。」

「そう、だっけ…」

「だから今日から昼間のうちは会議するって。阿部ちゃんも行方不明だし、真面目に対策考えないと」

「あ、あははー…そうだったねぇ…」


照の言葉が理解できずに、困惑したように声を漏らすと、呆れたようにふっかが説明してくれた。

「昨日」を知らない俺としてはありがたかった。

しかし、ふっかからその概要を聞いても、俺の頭は未だに困惑していた。

八対一で、ただ一人動揺した状態を全面に出すことは気が咎められて、俺は無理に話を合わせた。




これは夢なのだろうか。

夢であって欲しいけれど、俺の意識はずっとここにあって、悲しいほど目覚める気配がなかった。


部屋中に立ち込めるどんよりとした空気に、これが冗談なんかじゃないということを、嫌でも思い知らされる。



「最近は夜出歩かないようにしてるし、見かけたこともないから特徴は何も分からないなぁ…」

「俺もラウと同じや。知っとることはなんも無しやな…」

「話してもいいすか?」

「んぉ?めめ、どうした?」

「ありがと、ふっかさん。これは俺が軍にいた頃に聞いた噂っすけど、人狼は人間と狼のハーフで、昼間は人間の姿をしてるけど、夜になると狼に変身して人を襲うらしいです。だから、昼と夜じゃ見た目が全然違う。この時間に探し出すのは難しいと思います」

「てことは、夜動くのは危険だね。昼のうちに目星を付けて、そいつを処刑する必要があるってことか」

「岩本くんの言う通りです。」

「それはなかなか難しいことだね。翔太はどう?今まで旅してきて、人狼の話とか聞いたことある?」

「いや、今までに回ってきた場所では聞いたことねぇな。今日久々にここに帰ってきて初めて聞いたぐらい。この辺もだいぶ様子が変わっててよく分かんねぇし」

「そっか…」





みんなが話すたびに出てくる人狼という言葉に、俺の体はいちいち反射的にピクッと跳ねる。


俺とその言葉との間には、深い因縁がある。

何度やっても、俺は毎回一番に疑われては、処刑されてしまうからだ。



それは、あくまでも現実のゲームの中でのことにはなるが、果たしてこの世界ではどうなのか。

いつも通り、真っ先に命を落としてしまうのだろうか。

俺は、生き残れるのだろうか。



心ここに在らずの頭でそんな事を考えていると、まためめが重たい口調でここにいるみんなに向かって話し出した。



「そもそもっすけど、この中に人狼がいるって可能性は無いですか?」



めめの言葉に、全員が動揺し始めた。


「嘘!?そんなことある!?」

「だってみんな、普通の人間に見えるよ?あ、でも人狼も昼間は人間なのか…」

「俺は普通の市民だよ?」

「俺もやで!」

「僕もだよ!」



まずい。雲行きが怪しくなってきた。

何もかも馴染みのない世界で、この流れにだけは覚えがあるなんて、こんな悲しいことが他にあるだろうか。


いつも通りに話し合いが進んでいくのであれば、間も無く来るはずだ。

あれが。

あのターンが。



俺の予感は、その直後、見事に的中した。

何も喋らない俺を怪しんだ康二が、急に大きな声を出した。


「さっくん、人狼ってみんなが言うてるたんびに体跳ねとる!なんか怪しいんちゃうか?!」

「ッ!?いやいや!俺違うよ!」

「じゃあなんでそんな、びくってしてんの?」

「それは…っ、」

「まさか、お前が…」

「そういえば今日のお前、言ってること…全部おかしかった…」

「違うって!なんでよ…っ」



本当のことを伝えたい。

でも、言えるわけがない。

こことは別の、俺が生きている本当の世界で、毎回疑われてはすぐに処刑されてしまう事なんて。

だから、無意識に体が跳ねてしまう事なんて。


そんな話、誰も信じてはくれない。

余計に怪しまれるだけだ。





俺は何一つ弁解できないまま、絞り出すような声を上げることしかできなかった。



「俺は市民だ…っ…」


あぁ、このセリフを、こんなに真面目に言う日が来るなんて思ってもなかったなぁ…。



俺の声は誰にも届かなかった。

俺を見るみんなの目には、不安と猜疑の念が色濃く宿っている。


そんな目で見ないでよ…。


大好きな人たちから、これまで向けられたことなど一度もなかった仄暗い視線を一心に受けては、苦しくなった。



みんなの視線から逃げるように後ずさる俺に、三つの影がジリジリと近付いてくる。



「佐久間、もしお前が本当に人狼なら、これ以上一緒にはいられない」

「ひかる、、やめて…来ないで…」

「佐久間、悪いけど、今日のお前なんかおかしいもん」

「ふっか、違うんだって、、信じてよ…っ」

「佐久間くん、ごめんね。今日の俺ちょっと冷静じゃないんだ」

「めめ、お願い…やだっ…俺、死にたくないっ…ぅ“ッ?!」

「……ごめんね」



首の後ろに衝撃が走り、めめの声が聞こえたのを最後に、俺の意識は薄れていった。













断頭台の上で目を覚ます。

僅かにさえ動かせない首が、乾いた板に食い込んでいる。

メンバー全員が俺を見つめていた。

自分の体重の分だけ負荷がかかった喉元よりも、刺すように俺を見つめてくるたくさんの瞳の方が何倍も痛かった。




大きな刃が上から落ちてくる気配がする。一瞬で終わるはずの時間が、やけに長く感じた。


諦めるように受け入れ始めたその終末の刹那、俺の目に留まった一つのもの。


静かに、寂しそうに、それでいてどこか安心したように、小さく微笑む翔太の顔。


終焉に向かって歩いていく俺を見据えて、翔太は口角を上げる。俺の目は、緩く描かれたその半円に捕らわれたまま、離せなくなった。




なんで、笑ってるの…?


これは ゲームじゃないんだよ…?


俺、今から本当に処刑されるんだよ…?










鋭くて冷たい感触がうなじを掠めた瞬間、

「もう一回」

と囁くような優しい声が、どこからか聞こえてきたような気がした。









































微笑む嘘は月夜に照らして

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