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正直なところ、あの後どんな会話をして、どんな流れで広間に戻ったのか覚えていない。あの夢のような出来事のおかげで、俺はそれからずっと夢心地で、浮き足立っていた。
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キスをしてしまった。
仕方なかったのかもしれない。流れに身を任せていたら、たまたまああなってしまっただけだと。あの後無言で広間に戻って、友達に声をかけられた有古くんは、少し席を外すと言ってどこかへ行ってしまった。
私はとても広間の賑わいに耐えられる心持ちではなかったため、大広間を出て階段の端に腰掛けた。行き交う人を見ながら、ただボーッとしていた。
遠くから聞こえてきた足音が、私の目の前でピタりと止まった。顔を上げると、そこには__
腕を組んでふんぞり返るマリエッタの姿が。
マリ「こんなとこで何ぼさっとしてるわけ?」
相変わらず当たりの強いマリエッタ。
イ「ごめんなさい。邪魔ならすぐどくわ。」
マリ「ちょっと、まだ話は終わってないんだけど」
彼女の態度に思わずため息が出る。
イ「どうしていつもそんな態度をとるの」
マリ「そんなの簡単よ!パパとママはあなたの事を邪魔者だと言ってるわ」
イ「…え?」
訳が分からなかった。一旦、私が彼女の両親に虐げられているということは置いておき、何故彼女までもが私を邪魔者扱いするのか分からなかった。
イ「……えっと、あなたのご両親は、私が邪魔」
マリ「ええ」
イ「それで、あなたも私のことが邪魔…」
マリ「その通りよ」
イ「…私あなたに何かした?」
マリ「直接的なことは何も」
イ「じゃあ私、あなたのご両親に何かしたってこと?」
マリ「……いいえ?」
イ「んー、じゃあ、何らかの理由であなたのご両親は私のことが嫌いで、特に何をされたでもないけどあなたも私のことが嫌い?」
マリ「パパとママに言われたのよ。イヴァンナって子に会ったら、その子は私たちの仇だって」
イ「仇?」
マリ「ええ、だから私があなたの邪魔をしてやろうってわけ。」
イ「…それって要は親の言いなりってことでしょ?お行儀よく言いつけを守って、直接的な関わりのない人間を攻撃してる。」
マリ「……ッ」
イ「それってすごく卑怯じゃない?そもそもなんで私、あなたのご両親に恨まれてる訳?」
マリ「う、うるさい!!あなたごときに指図される筋合いないわ!!」
急に激昂してきたと思いきや、力任せに私を突き飛ばしたマリエッタ。転びさえしなかったものの、かなりの力で押されたため、髪飾りが衝撃で外れてしまった。
パリンというガラス音と共に床に砕け散った髪飾り。
母の形見、大切なもの、色々な感情が錯綜し、思いのままに破片を集めようとした。
マリ「全部あなたのせいよ。クソ女!」
捨て台詞の後、彼女はズカズカとどこかへ去っていった。吐き捨てられた暴言さえ耳に届かないほど、私は目の前に散らばったガラス片に囚われた。原型もないほどに砕けてしまった。もはや粉と化した部分さえあった。
イ「…いたッ……」
ガラス片で指を切ってしまい、出血した。それでも私はガラス片をかきあつめることを辞めなかった。泣きながら、嗚咽を漏らしながら、必死に集めた。後に母への罪悪感も込み上げてきて、ぐしゃぐしゃに泣きながら拾った。
拾った破片を握りしめ、一目散に寮へ戻った。
このままパーティへ戻ることなど、到底できなかった。有古くんのことも考えられないほどだった。
レイブンクローの談話室に入るには、問題をひとつ解くことが必要である。私が泣いていようが、問題をとかないことには中に入れない。はじめてこの掟に腹が立った。ヤケクソになって問題に応えると、談話室へ続く通路が開かれた。談話室を駆け抜け、女子寮へ走り込み、自分の部屋へと転がり込む。
アニ「随分はやいね」
ルームメイトのアニ・レオンハートは、机に向かって本を読んでいた。私は彼女の言葉も無視して、ベッドへ倒れ込んだ。
私が嗚咽を殺して泣いているのに気付いたアニは、読んでいた本をパタンと閉じて、ベッドの脇に歩み寄る。アニは私が何も言わなくても気付いてくれた。手に握られたガラス片。怪我をしていることにも気が付いて、治療をしようと声をかけた。ベッドに腰掛けて、イヴァンナに触れようとすると、
イ「ほっといて、」
と一蹴されてしまった。
アニ「あんたは何も言わなくていい。とりあえず、それを離して」
血が出ているにも関わらず、その掌に握りしめられたガラス片。彼女の手に私の手を重ねると、手のひらに込められた力が徐々に解けていった。体温が伝わったガラス片。テーブルランプの光を四方八方に反射している。その破片をひとつ、またひとつと取り出し、布でくるむ。ハナハッカを染み込ませたガーゼで優しく傷を拭うと、痛々しい手のひらはみるみるうちに元の白さを取り戻していく。
ひとまず今は彼女を1人にさせるべきだと思い、ローブを羽織って、破片を包んだ布をポケットへしまい込み、寮を出た。