テラーノベル
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仄暗い琥珀色の灯りが、ホテルの最上階の一室を静かに満たしていた。
外はヨコハマの夜景が宝石を撒いたように輝いているが、重厚なカーテンに遮られた室内には、ただ二人の熱い吐息と、衣類が擦れ合う微かな音だけが支配している。
中原中也は、腕の中に収まる細い身体を壊れ物を扱うように抱きしめていた。
付き合い始めてから数ヶ月。互いに死線を潜り抜け、憎まれ口を叩き合いながらも、魂の深いところで繋がり合っているという確信があった。ポートマフィアの幹部としての顔を脱ぎ捨て、ただの男として彼女に向き合う時、中也の胸にあるのは狂おしいほどの愛着だけだ。
「……中也、……ちゅうや」
名前を呼ぶ声が、いつになく甘く、心許ない。
太宰治。かつて「最年少幹部」と恐れられ、その狡猾さと冷徹さで敵を震え上がらせた女。だが今、中也の胸に顔を埋めている彼女に、そんな影は微塵もなかった。
中也は、彼女の濡れた瞳を見つめ、熱い頬を片手で包み込んだ。
「……嫌じゃねぇか?」
「いや……じゃ、ない。……でも、なんだか、体が変。熱くて、ふわふわして……溶けちゃいそう」
太宰の言葉は、まるで熱に浮かされた子供のように幼い。
彼女は天才だった。他人の策源を読み、人心を操り、死の淵を覗き見る。そんな彼女が、なぜか「男女の営み」という一点において、驚くほど無垢であることに、中也はこの時まだ気づいていなかった。
中也自身は、それなりに場数を踏んできた自覚がある。マフィアという荒事の世界に身を置いていれば、女の方から寄ってくることも少なくない。享楽としての夜を知っているからこそ、愛する女との初めての夜は、何よりも大切に、慎重に進めたいと考えていた。
だが、触れ合う肌の熱さが、中也の理性をじりじりと削っていく。
太宰は、中也の手が少し触れるだけで、びくりと肩を震わせた。その反応はあまりにも過敏で、初々しいという言葉すら生温い。
「……っあ、んっ……」
中也の指が彼女の柔らかな肌を滑るたび、太宰は声を漏らした。その声は普段の余裕を含んだ嘲笑とは正反対の、無防備で、艶めいた響きを帯びている。
彼女の感受性が高いことは知っていたが、これほどまでとは。
中也は己の鼓動が早まるのを感じながら、彼女の唇を塞いだ。
深い口づけを交わす間も、太宰は必死に中也の背中にしがみついてくる。その指先は震え、どこか縋るような必死さがあった。
「太宰、力を抜け。……大丈夫だ、俺に任せろ」
「……ん、わかんない。……中也、どうすればいいの……?」
「何も考えなくていい。……ただ、俺を見てろ」
そう言い聞かせて、中也はゆっくりと、慎重に、彼女の奥へと自身を進めていった。
太宰の身体は驚くほどに狭く、そして熱かった。
道を開いていく過程で、彼女の呼吸が苦しげに乱れる。
「いた……い、? なんだか、お腹のなかが、いっぱい……で」
「すぐ慣れる。……少し、我慢してくれ」
中也は額に汗を浮かべながら、彼女の痛みを最小限に抑えようと努めた。
だが、その時。
ぐちゅり、という粘膜の音と共に、中也は自身の内側で何かが破れるような、微かな抵抗を感じた。
「……っあ、あああぁっ!」
太宰が大きくのけ反り、中也の肩に歯を立てた。
その瞳からは涙が溢れ、視線は定まらず、ただ快楽と未知の衝撃に脳をかき乱されている様子だった。
中也は腰を動かし始めた。
太宰の反応は、一言で言えば「劇的」だった。
彼女は、自分が今何をされているのか、論理的に理解できていないようだった。ただ、神経に伝わる強烈な電気信号に、意識を真っ白に染め上げられている。
「は、……ふ、ああぁっ! ちゅ、中也、こ、れ……すご、い……っ」
「……太宰、お前……」
中也は驚愕した。
彼女の腰は、中也の動きに合わせて無意識に跳ね、内壁は吸い付くように彼を締め付ける。その感度は異常なほど高く、少し深く突くだけで、彼女は白目を剥きかけんばかりに悶絶した。
「ああぁっ! や、だ、もう……壊れちゃう、……っあ!」
「壊しゃしねぇよ……っ、ったく、そんなに鳴くな」
中也の余裕も、もはや限界だった。
目の前で、あの太宰治が、ただの雌の顔をして泣き叫んでいる。狡猾な計算も、人を食ったような態度も、今はどこにもない。
あるのは、圧倒的な熱と、自分を受け入れているという事実だけだ。
何度も何度も、熱い塊がぶつかり合う。
太宰の思考は、もはや正常な機能を失っていた。
「あ、が……っ、ひ、あぁ……」
彼女の口から零れるのは、言葉にならない音の羅列。
脳内が真っ白に濁り、快楽の波に呑まれて、自分が誰で、どこにいるのかさえ忘れてしまったかのようだ。
ただ、目の前にいる男が「中也」であるということ。その体温だけが、彼女を現世に繋ぎ止める唯一の錨だった。
最高潮に達した瞬間、太宰は中也の首に腕を回し、絶叫に近い声を上げた。
全身が細かく痙攣し、限界を超えた快楽が彼女を真っ白な世界へと突き落とす。
中也もまた、彼女の最奥で己の熱を吐き出した。
静寂が戻ってきた室内で、二人の荒い息遣いだけが響く。
中也は、太宰の身体から離れようとして、ふと視線を落とした。
白いシーツの上に、点々と広がる鮮やかな紅。
そして、今なお彼女の腿を伝い、ゆっくりと流れ落ちる一筋の血。
中也の動きが止まった。
「……え?」
心臓が嫌な音を立てる。怪我をさせたのか。無理をさせすぎたのか。
だが、その血の意味を悟るのに、そう時間はかからなかった。
中也の頭の中に、信じられないという思いと、ある一つの事実が浮かび上がる。
「お前……」
中也の声が震えた。
「処女……だったのか……?」
その問いに、太宰は反応しなかった。
いや、反応できなかった、という方が正しい。
彼女は事後の余韻と、あまりの感度の高さゆえに、脳が完全に「ぽやぽや」とした状態になっていた。
瞳は焦点が合っておらず、潤んだまま、どこか遠くを見つめている。口元は少しだけ開き、力なく呼吸を繰り返していた。
「……っ、……ふぇ?」
しばらくして、ようやく中也の声が耳に届いたらしい太宰が、ゆっくりと首を傾げた。
その表情は、普段の彼女からは想像もつかないほど呆けており、幼児のような無邪気ささえ感じさせる。
「しょ、じょ、……? って、なに……?」
「…………は?」
中也は絶句した。
聞き間違いではない。太宰治が、今、確かに「処女とは何か」と問うたのだ。
あの、あらゆる情報を網羅し、大人の汚い裏側まで知り尽くしているはずの彼女が。
「お前……冗談だろ? 知らないのか?」
「……しら、ない。……それ、食べられるの……?」
太宰はふにゃふにゃと身体を中也に預けてきた。
骨が抜けたような柔らかさだ。彼女は自分の身体に起きている事態を、そして今流れている血の意味を、全く理解していないようだった。
中也は混乱した。
相手は、マフィアの重鎮だ。拷問も、殺人指令も、裏社会の交渉も、全てを平然とこなす女。
それなのに、どうしてこんな「基礎知識」が抜け落ちているのか。
「……あ、あのな、太宰。処女っていうのは……その、男と一度も、したことがないっていう……」
言いかけて、中也は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「その……初めてだったのか? 俺が」
太宰は中也の胸板に頬を擦り付けながら、ぼんやりと思考を巡らせようとした。
だが、脳内はまだ快楽の残滓で白濁しており、難しいことは何も考えられない。
「……はじめて、……うん。中也と、こんなに……くっついたの、はじめて」
「そうじゃねぇよ……いや、そうなんだけどよ」
中也は天を仰いだ。
彼女は、死ぬことや殺すこと、支配することについては誰よりも詳しかった。
だが、「愛し合うこと」や「抱かれること」については、驚くほど教育の機会がなかったのだ。
ポートマフィアという組織の中で、彼女を「女」として扱う不届き者は(中也を除いて)いなかった。彼女があまりにも怪物すぎて、誰もそんな対象として見ることができなかったのだ。
そして彼女自身も、自分の中に眠る「女」としての部分に無関心だった。
「……お前、本当に何も知らねぇんだな」
中也は溜息をつき、同時に、得体の知れない熱い感情が胸に込み上げてくるのを感じた。
こいつの「最初」を、俺が貰った。
あの太宰治の、誰にも暴かれなかった秘密の場所を、俺が。
「痛く……なかったか?」
中也が改めて問いかけると、太宰は少しだけ瞳を瞬かせた。
「……いたかった。けど、……そのあと、すごく……すごかったの。なんだか、頭のなかが真っ白になって……中也がいっぱい、きて……」
言いながら、太宰はまた「ぽやあ」とした表情に戻る。
「ねぇ、中也。また……やりたい。これ、とっても……幸せな気持ちに、なるね」
狡猾さも、毒気も、全てが洗い流されたような笑顔。
中也は、彼女を壊してしまったのではないかという不安と、これ以上ないほどの所有欲に駆られた。
「……当たり前だ。俺以外の男とやろうなんて考えるなよ」
「……ん、わかってる。中也がいい。中也じゃないと、だめ」
太宰はふにゃりと笑い、中也の腕の中に潜り込んだ。
彼女の真っ白な肌に、中也がつけた赤い痕が点々と残っている。
それは、彼女が今日この日、一人の男の女になったという刻印だった。
中也は、彼女にシーツを掛け直し、自分もその隣に横たわった。
シーツの上の赤い汚れが目に入るたび、胸の奥が震える。
彼女は何も知らない。自分がどれほど価値のあるものを彼に差し出したのかも、それがどれほど特別なことなのかも。
「太宰」
「……なあに、ちゅうや」
「愛してるぞ」
その言葉に、太宰は少しだけ驚いたように目を見開いた。
そして、思考が朧げなまま、それでも幸せそうに微笑んだ。
「……私も。なんだか、言葉じゃ……うまく言えないけど。……中也のことが、大好き」
そう言って、彼女は深い眠りに落ちていった。
事後の倦怠感と、初めての経験による精神的な疲労。そして何より、中也という絶対的な安心感。
それらが彼女を、死の誘惑よりも心地よい眠りへと誘ったのだ。
中也は、彼女の寝顔をじっと見つめていた。
いつもは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる唇が、今は柔らかく閉じられている。
その無防備な姿を見守りながら、中也は誓った。
この無垢な部分を、誰にも、どんな組織にも汚させはしない。
たとえ、彼女自身が再び闇の中へ戻ろうとしても、自分がその手を離すことはない。
彼女が知らない「幸せ」を、一つずつ教えていくのは自分の役目だ。
夜が明けるまで、中也は彼女を抱き続けた。
朝陽が差し込む頃、彼女が目を覚まして、またあの呆けた顔で「おはよう」と言うのを、心待ちにしながら。
ヨコハマの夜は更けていく。
かつての双黒、最強のコンビ。
その関係は今夜、ただの男と女として、より深く、より逃れられない形へと変質した。
太宰が流したあの紅い血は、彼女の過去との決別であり、中也と共に歩む新しい人生の、鮮やかな始まりの合図だった。
太宰の肌は柔らかく、体温は心地よい。
中也はその温もりを噛み締めながら、彼女の髪にそっと触れた。
「お前は、俺の女だ。……絶対に、離さねぇ」
眠りの中にいる太宰に、その言葉が届いたかはわからない。
だが、彼女の寝顔はどこまでも穏やかで、その思考は今もなお、中也に愛された余韻の中で白く、白く濁っていた。
やがて部屋に差し込んだ薄明かりが、二人の姿を静かに照らし出す。
シーツの汚れも、乱れた髪も、全てが愛おしい。
中也は彼女をもう一度抱き寄せ、静かに目を閉じた。
これから始まる、彼女に「愛」を教える長い旅路を思い、彼は微かに微笑んだ.
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やべぇ最高