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𝕣𝕖𝕒𝕣
395
#ご本人様には関係ありません
あか
261
#からぴち
琉愛˚𓆩✞𓆪˙
191
王都は、再び赤と黒の軍勢に包囲されていた。
城壁の外には、幾重にも連なる陣幕が、闇の中に沈むように広がっている。篝火の炎が風に煽られるたびに、赤い光が地面を這い、兵たちの影を揺らめかせていた。かき鳴らされる馬のいななき、鎧の擦れる音、そして時折混じる、遠い喊声。奪還されたはずのあの都が、また陥落するのは、もはや時間の問題だった。誰の目にも、それは明らかだった。
夜半、冷たい霧が、低く這うように陣営を包み込んでいた。その篝火から少し離れた暗がりに、静かに座り込んでいたのは、勇斗だった。
夜露に濡れた草を踏みしめながら、舜太が歩み寄ってきた。
「――なんで、逃げへんかった」
その声には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。
「手配した商船は、ちゃんと出た。勇ちゃんがその気にさえなれば、今頃はもう、二人で、誰も知らへん土地へ逃げれたはずや」
勇斗は、静かに顔を上げた。その表情には、不思議なほど乱れがなかった。篝火の遠い灯りが、その横顔を、淡く照らしている。
「――なんで、生きようとせえへんのや」
「――仁人に、生き延びてほしいと思うのは」
勇斗は、ゆっくりと言葉を選びながら、答えた。
「俺の願いだったんだ。仁人自身の願いじゃなくて」
舜太は、眉をひそめた。
「仁人が、本当に望んでたのは、王都に戻ることだった。……それを叶えてやりたかった。それだけで、良かったんだ、俺は」
少し離れた場所で、この様子を見守っていた柔太朗の胸に、鋭い痛みが走った。
(――僕のせいだ)
仁人の本当の望みは何なのか。あの問いを、勇斗に投げかけたのは、他でもない自分だった。かつての自分に重ね、ただ、勇斗に考えてほしかっただけだった。それが、こんな結末を招く引き金になってしまったのではないか。柔太朗は、込み上げる自責の念を、必死に堪えていた。
「――それでも、俺には分からへん」
舜太は、首を振った。
「勇ちゃんの言う願いには、勇ちゃんの未来が、どこにもない。その人だけ生かして、お前は死ぬつもりなんか。……それの、どこが救いなんや」
その言葉は、鋭い刃のように、その場の空気を切り裂いた。
「――分かってる」
勇斗は、静かに頷いた。
「分かってて、選んだんだ。……いや、選んだ、っていうのとも、ちょっと違うかもしれない。これしか、俺には残ってなかった」
勇斗は、懐から一通の手紙と、小さな硝子の小瓶を取り出した。小瓶の中には、乳白色の液体が、月の光を映して、静かに揺れている。
「これを、仁人に届けてほしい」
「――勇ちゃん」
「頼む」
柔太朗は、震える声で、口を開いた。
「――僕が、届けるよ」
「柔?」
「僕のせいで、こうなったんやから。……せめて、それくらいは」
柔太朗のその言葉に、勇斗は、少しだけ目を細めた。
「お前のせいじゃない。これは、俺が、自分で選んだことだ」
勇斗は、ゆっくりと立ち上がった。夜風が、その髪を静かに揺らす。遠くの空に、薄い雲がかかり始めていた。
「――お前らは、運命に抗って生きろ」
その声には、不思議なほどの安らぎがあった。
「黄色の国では、白い蛇が信仰されてる。……脱皮を繰り返しながら、決して滅びない。生まれ変わりの象徴だ」
勇斗は、小瓶の蓋を、静かに開けた。頬に、ぽつりと、冷たいものが触れた。雨が、降り始めていた。
「――来世で、また会えたら。今度こそ、何にも邪魔されないところで」
誰かが止める間もなく、勇斗は、その毒を一気に呷った。
微かに顔を歪めたのは、一瞬だけだった。それから、勇斗の体は、ゆっくりと、地に崩れ落ちていった。
「――勇ちゃん!」
舜太の叫びも、柔太朗の駆け寄る足音も、勇斗にはもう、届いていなかった。降りしきる雨に打たれながら、その顔には、穏やかな、満ち足りたような表情だけが、静かに残されていた。
あまりに、急なことだった。
舜太も柔太朗も、その場に立ち尽くすことしかできなかった。止める暇も、引き止める言葉も、どこにも見つからなかった。ただ、冷たい雨だけが、二人の間を、音もなく降り続けていた。
勇斗の罪とは、何だったのだろうか。
黒色の国を裏切り、黄色の国の信頼をも裏切ったこと。誰かを守るために、幾つもの忠誠を、踏みにじってきたこと。それは、確かに、消えることのない罪だった。
だが、勇斗が自らに科した罰は、誰かに命じられたものではなかった。仁人を生かすために、自分の未来のすべてを差し出すという、あまりにも重い代償――それを、勇斗は、他の誰でもない、自分自身の意志で、その手に引き受けたのだった。
愛した人を守るという、ただそれだけの想いが、罪にも、罰にもなり得るのだと、その夜、舜太も柔太朗も、思い知らされることになった。
コメント
1件
うわ……読了しました。この第22話、めちゃくちゃ重いですね。勇斗の「生きようとせえへん」って舜太の言葉が刺さる。彼は仁人を生かすために自分の未来を全部差し出したわけで、でも「罪と罰」ってタイトルがラストで効いてくる。愛ゆえの選択がそのまま罰になるって構造、切なすぎる。来世でまた会えたら、という台詞も静かで印象的でした。