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春日さんと井上さんは俺のことを「木崎さん」と呼んだ。そんなのおかしいだろ、俺は新入りなんだぞ? だから「木崎でいいです」と言った。二人とも「いやいやいや」と最初は断ったけれど、お願いしたら最終的には木崎呼びになった。石川はそれを聞いて眉を顰めた。二人はやっぱりビビっていた。俺がちゃんと説明したら納得してたけど。それから何故か石川は碧呼びに変わった。よく分からないが石川は自分が特別な存在というのをアピールしたいらしい。十分特別な存在であるんだけどな。
小屋に行くと石川は若者組三人を連れてすぐに何処かへ行ってしまう。おかげで三人の名前が覚えられていない。
俺は着々と掃除用具を持ち込んだ。だから今では最初よりだいぶ綺麗だ。まずゴミ箱を設置した。ちゃんとデカデカと〈燃えるゴミ〉〈プラ〉〈ペットと缶〉と書いておいた。最初はプラとペットがごっちゃになってたみたいだが、「プラって書いてあるのはプラに捨ててね」と書いて貼っておいたら守ってくれるようになった。それから床でお菓子を食べる用に木製のトレイを用意した。テーブルも椅子も足りないこの部屋では、やはり床に座るしかない。もう少し寒くなったら円形の炬燵テーブルでも買うのもいいかもしれない。それまではトレイで我慢してもらうおう。春日さんも井上さんも掃除を手伝ってくれることはなかったが、掃除の時以外でも窓を細く開けて煙草を吸ってくれることが多くなったようだ。いい心がけだ。
「木崎は若頭となにやってンだよ?」
トイレ掃除をしていたら井上さんが不意に聞いてきた。俺はトイレブラシを動かす手を止めてふと考えた。なにって……いろんな資格証作りだが、説明して通じるだろうか?
「えっと……事務仕事っすかねえ。パソコンに向かってることが多いかも」
まずは軽めに説明しておこうか。どんなものか聞かれたら詳しく説明すればいい。だが予想に反して井上さんはすぐに「凄えな」と言ってきた。
「パソコンとか出来るンだ?」
「まあ。そんな難しいことはやってませんよ?」
「俺らはそんなの全然分からねえから。ねえ兄貴」井上さんが春日さんにそう言ったら、春日さんも頷いていた。
「──あの、俺も春日さんじゃなくて“兄貴“って呼んだほうがいいですか?」
「それはやめて!」春日さんの声は裏返っていた。どうしてそんなに慌ててるんだ?
「若頭の仕事ってやっぱキツいか?」井上さんはワクワク顔で聞いてきた。キツい? どうだろうな。
「俺はそうは思わないけど、機械に慣れてないとちょっと困るかもしれないっす」印刷用の機械やパウチ加工の機械が初めてなら戸惑うだろうから。
「凄えな、木崎」春日さんは納得したように頷きながら言った。
「やっぱ俺らじゃ歯が立たねえや」井上さんが頭を掻いた。
「いや、コツがあるだけで覚えれば誰でも出来ますって」
「謙遜するなよ」春日さんが俺の背中をバシバシと叩いた。
うん、まあ、確かに。掃除がここまで不得意ならパウチ加工も面倒がるのかもしれないもんな。俺は「ありがとうございます」と答えてトイレ掃除に戻ることにした。