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任務報告から数日後。
翠と栞は、一時的に組織からの出動を免除された。
だが、それは決して“平穏”を意味するものではなかった。
「──このままだと、お前たちは“処理対象”になる」
鴇(とき)が口にした言葉は、冗談でも脅しでもなかった。
「処理……対象?」
栞の声がわずかに震える。
それを受けて、鴇は眉をひそめた。
「加賀見の件だ。あの男が渡した資料……あれには、組織の“ある真実”が記されていた。お前たちはそれを“知ってしまった”。だから、危険だと判断された」
「そんな……!」
「処分対象になる前に、“お前たち自身がその情報をどう扱うのか”を示さなければならない。つまり──」
「“組織に忠誠を誓って血を流せ”って言いてぇんだろ」
翠が言葉を遮った。
「……殺せばいいんだろ。次のターゲットは誰だ」
「翠さん──!」
栞が目を見開くが、翠は一度も彼女の方を見なかった。
「俺が全部やる。お前は手を出すな。巻き込みたくねぇ」
「またそれ……またそうやって、私を“守る”って言いながら、全部自分だけで背負うの?」
「お前に背負わせるくらいなら、俺が全部引き金を引く。それだけだ」
「……それが正しいと、本気で思ってるの?」
静かに、しかし確かな声で、栞が問う。
「だったら私は、今すぐこの場所で、自分の頭に銃口を向けるよ」
翠の目が、そこで初めて栞を見た。
「お前……」
「私が関わったことで、私が“知ってしまった”ことで、誰かが死ぬなら──それを黙って見てるだけのほうが、よっぽど罪だよ」
震える手。
けれど、目だけは逸らさなかった。
「……私は、翠さんの“ただの女”でも“ただのバディ”でもない。
同じ場所で、同じものを見てきた“共犯者”なんだよ」
沈黙が落ちる。
長く、息苦しいほどの静寂。
そして──
「……ああ、そうだったな」
翠の声は低く、穏やかで、どこか諦めに近い覚悟を帯びていた。
「共犯者、だったな。俺たちは」
その手が、栞の頬に触れる。
優しく、傷をなぞるように。
「なら、一緒に選ぼう。俺たちが何を信じて、何を撃つか」
「うん……」
***
翌日、ふたりは再び出撃の装備を整えた。
ターゲットの名は伏せられていた。
ただ「情報を外部に漏らす可能性がある存在」とだけ指示された。
到着した廃ビルの屋上。
待っていたのは──
「……お前か」
そこに立っていたのは、鴇だった。
「まさか、自分で来るとはな」
「俺は選んだ。“この情報”を、外に流すことを。お前たちにとっては裏切り者でも、俺にとっては“未来を守る唯一の方法”だった」
鴇の手には銃があった。
だが、その銃口は自分に向けられていた。
「殺せ。今なら、俺は抵抗しない。お前たちが“組織の側”に立つなら、それでいい」
栞は、銃を構えた。
その手は震えていなかった。
だが──
「……わたしたちは、“選ぶ”側になる」
そう言って、引き金を下ろした。
撃たなかった。
殺さなかった。
「情報は、私たちが預かります。鴇さんが撒こうとした“火種”は、私たちが守る」
「……本気か?」
「ええ。これが、私たちの“正しさ”です」
その隣で、翠が小さく笑った。
「女ってのは、やっぱ強ぇな。……仕方ねぇ。俺も付き合ってやるよ。地獄の底までな」
「……バカ」
屋上に吹いた風が、ふたりの髪を撫でた。
殺しを選ばなかった殺し屋たちは、
ようやく“命を奪う以外の方法で世界と向き合う”ことを選んだのだ。
それはきっと──
組織にとって最大の反逆。
けれどふたりにとっては、
最初で最後の“希望”の始まりだった。