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悲鳴が入り交じる会場。外から聞えてくる呻り声。
ドラゴンが復活した、という声を聞いた人達は皆パニックを起こし、我先にと出口に向かって走って行った。しかし、外に出た方が危ないんじゃないかと言う声も上がり、皆どうすれば良いのか分からず、立ち往生している人もいる。
「本当なんでしょうか。ドラゴンの復活って」
「ああ、嫌な気配を感じるからな。僕がこれまで戦ってきた凶悪な魔物のさらに上をいくようなそんな存在の圧を感じる。その、さっきのかな……なんとかって奴が、最期の生け贄だったんじゃないか?」
「あの、ソリス殿下とユーイン様が調べてた国家転覆を狙っているっていう集団の……」
「多分、そうだろうな」
「多分って」
「僕は、興味ないから」
「えーでも、一応第二皇子で、帝国の危機とか……」
そう私はユーイン様に言ったが、ユーイン様は、面倒くさいことは忘れたとでも言わんばかりに知らん顔をしていた。こういう所は何というかストイックとかクールというよりかは、ただのめんどくさがり屋に見えてしまう。
(というのは、どうでも良いんだけど。そうなんだ、カナールも……)
元からそうじゃないかっていう情報は入っていたけれど、まさか本当にこんなことになるとはと、驚きが隠せない。元、とはいえ一応仮にも婚約者、元婚約者だった男が、目の前であっけなく死んでしまったのだ。少しだけ悲しいという感情はあった。別に、恋愛感情を抱いていたわけじゃないけれど、それでも、人が死ぬということは悲しいことだと。
「どうした、ステラ」
「ううん……悪いことをしたって分かっていても、何だか悲しい」
「……哀しむのは、僕が死んだときだけにしてくれ」
「え……」
ユーイン様がいきなりそんなことを言うので、二度見してしまった。
ユーイン様の表情は何も変わっていない。でも、冗談で言ったんじゃないと言うことだけは分かった。冗談でも、本気でも嬉しくないが。
「えっと、そういうのは」
「勿論、ステラをおいて先に死んだりはしないし、ステラが死んだらすぐに後追いをするつもりだ」
「重……」
「僕の愛を舐めているのか?」
と、ユーイン様は少し怒ったように言う。何に対して怒っているんだと、私がユーイン様からの愛を疑っていることに対して不満だったのかと、見つめていれば、今度は何が恥ずかしいのか、耳を赤く染め始めたのだ。
「あ、あまり、見つめないで欲しい」
「何でですか」
「慣れていないからだ……」
「……」
矢っ張り、可愛いだ。格好いいとか、クールとかじゃなくて、ユーイン様は可愛いんだ、と私は顔には出なかったが、(顔は冷め切ったような顔してたかも知れないけど)体温はぐぐっと上がった気がする。
そんな、見つめられただけで、赤くなるなんて、どれだけ可愛い人なんだと。だが、この調子じゃ、結婚してから大変そうだなあなんてもぼんやり思った。まあ、そこは、二人で徐々に夫婦になっていけば良いだけの話だし。
(ってか、そこじゃないのよ。今は、緊急事態!)
「でも、どうするんですか。外には、ドラゴンが……復活したんでしょ? 王宮の方に攻め込まれたら」
「大丈夫だ。多分……だが」
「多分って」
「……王宮には、ゴリラ神の加護と、僕や複数人に魔道士が結界魔法を張ってある。だから、ちょっとやそっとの攻撃くらいじゃ崩壊しないだろう」
「でも、ドラゴン……」
私がそういえば、ユーイン様は険しい表情になる。ああ、これは聞いちゃ行けない奴だ。と私は、目をそらした。
確かに、結界魔法や防御魔法の類いはそれはもう厳重に何重にも張ってあるに違いない。だが、あのドラゴンが復活したとなれば……ゴリラ神と並ぶ力を持つドラゴンが復活したのであれば、話は別なのだ。きっと、何回かタックルされただけで結界なんていともたやすく崩壊してしまうだろう。
「何かては?」
「……今近衛騎士や、魔道士達が総出でドラゴンを抑えているが……長くは持たないだろうな。このままだとドラゴンが帝都中に被害を及ぼしかねない。それに……」
ユーイン様はそこで言葉を区切ると、私の手をぎゅっと握ってきた。そして、真剣な眼差しを私に向けてくる。私はどきりとして、息を飲み込んだ。
(待って、今、大事なときだよね?)
何て、こんな所で、乙女思考になってしまい、私は大量の手汗が噴き出ていた。気持ち悪いと思われていたらどうしよう何て言う不安が頭を過る。
「ステラ」
「は、はい」
「ステラの力が必要だ」
「はい?」
「……本当はステラを巻き込みたくないのだが……緊急事態だ。僕と、兄貴、そしてステラがいれば」
「は、はあ」
一気にテンションが下がった。何だか、愛の告白でもされる……いや、されたことはあるのであれなのだが、そんな雰囲気だったのに、まさか共闘してくれと言われるなんて思ってもいなかった。だからこそ、ユーイン様の言葉に拍子抜けしてしまう。
(でも、確かに最強のドラゴンと戦ってみたい気はする……)
これまで戦ってきた相手はしょぼかったし、相手にもならなかったけれど、私が尊敬して敬っているゴリラ神様と互角に戦えるドラゴンと戦える機会なんてそうないだろう。いや、一生ないといっても過言ではないはずだ。だから、このチャンスは逃せない。一気に、思考が変わり私は、二つ返事で頷いた。ユーイン様は、目をまるくしつつも、私なら受け入れてくれると思ったのか、ほっとした様子を見せた。
「ありがとう」
「いえ」
「……ステラは、凄いな」
「凄くないですよ。何か、やる気出てきました」
「ステラらしい」
と、ユーイン様は、呆れたように笑っていた。その顔は、ソリス殿下と重なって、兄弟何だなあ何て、当たり前の事を思ったりもした。
そんなことを思いながら、私達は会場を出て、王宮の外に行く。そこには、既に何十人もの騎士が待機していて、皆一様に疲れ切った顔をしていた。しかし、ユーイン様の姿を見た瞬間、皆が表情を変え、その場に膝をついたのだ。そんなこと、してる暇じゃないんだけど、礼儀の一つかと流すことにした。これが、第二皇子であり、戦場にて、冷静かつ冷酷に指示を出す軍師的役割も担う大魔道士ユーイン・ウィズドムの姿なんだと、私は誇らしくなった。実際。ユーイン様が戦場で上で戦っている姿は見たことが無いため、不謹慎だと思いつつも、少しわくわくしている。ユーイン様は可愛いだけじゃないのだ。
「ステラ?」
「殿下」
人混みをかき分けながらやってきたソリス殿下は、私まできているとは思わずに驚いているようだったが、すぐに状況を理解したのか、いつも通りの顔つきになった。
それから、ちらりと後ろを振り返り、ユーイン様に目を向ける。
すると、彼は小さく首を縦に振った。それで、全て理解したのだろう。ソリス殿下も、同じようにこくりと頷く。何か、それを見ただけでも身がしまったような感じだし、格好いいと感じてしまう私は末期なんだろう。
こんなにも強敵を目の前にしてうずうずしているのだ。
「それで、殿下ドラゴンは――――」
そう、私がドラゴンについて聞こうとしたとき、私達の目の前に大きな瞳が現われたのだ。闇の中からヌッと赤い血のような瞳が。
「……は」
振向き、その大きさに私は愕然とする。想像の何倍も大きいドラゴンが、闇に紛れそこに現われたからだ。しかも、首元には剣で切られた傷跡があり、そこからは今も尚鮮血が流れ落ちている。だが、たいした傷じゃないのか、回復力が高いのか、だんだんと流れる血の量が減って言っている気がした。
そして、その目は怒り狂いながらも、確実に私達を捉えていた。