知らなかった一面
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健康診断の為、蝶屋敷を訪れた風柱・不死川実弥。
「…はい、どこも異常ありませんね。今日はこれで終わりです。また半年後に定期健診を受けてくださいね」
「おう。世話んなったなァ」
稀血の研究をするとかで、血液検査とは別で少量の採血をされた実弥は、肘の内側に貼られた小さなテープを上から軽く押さえる。
コンコンコン
「はーい」
『胡蝶さん、ヒジリです』
「ああ、どうぞ」
あの謎の隊士が入室してきた。
『あ』
「…よォ」
ヒジリマコトは実弥に向かって軽く会釈すると、静かに室内に入ってきて様々な植物の葉や実を種類ごとに分けて入れた袋をしのぶに差し出した。
『…これ、血止めに効果があります。こっちは湿布代わりに。あとこれは鎮痛剤として。経口摂取しても大丈夫です。苦いですけど』
「いつもありがとうございます、ヒジリさん」
差し出された袋の数々を嬉しそうに受け取るしのぶ。
『…風柱様は診察ですか』
「定期健診だ。もう終わった」
『そうですか。…じゃ、俺はこれで』
自分の用事を済ませてさっさと立ち去ろうとする相手を、実弥が慌てて引き留める。
「おい、ちょっと待て。飯行こうぜ。約束したろ?」
『約束だったんですか。社交辞令かと思ってました』
「いや違ぇから……」
そんな2人のやり取りを、しのぶが可笑しそうに眺めている。
「ヒジリさん。不死川さんに付き合ってあげてくださいな。彼、あなたのことが気になって仕方ないみたいなんですよ。この前も柱合会議であなたのことを聞いて回っていたんですから」
「おい、胡蝶。誤解を生むようなこと言うんじゃねぇ」
はいはい、と尚も可笑しそうに笑うしのぶを軽く睨み、実弥はヒジリマコトの腕をひっ掴んで退室した。
『……俺のこと気になって仕方なかったんすか』
「だーかーらー!誤解すんなっての。何回か任務で一緒になるのにお前のこと何も知らねえから情報集めようとしただけだっつの」
『そすか』
はぁ…、と小さく溜め息をつき、実弥は改めてヒジリマコトと向かい合う。
「お前が食いたいもん食いに行こうぜ。俺の奢りだ」
『いや、自分のは自分で払いますよ』
「いーから!上官命令だぞ」
『職権濫用っすね。…まあいいや。お言葉に甘えます』
諦めたように言うヒジリマコト。
「よし、んじゃ行くかァ」
2人は蝶屋敷を後にした。
何を食べたいかたずねても、“何でもいい”、“何でも食べる”としか答えないヒジリマコトに困ってしまい、実弥は結局、自分の行きつけの定食屋へとヒジリマコトを案内した。
「おう、不死川のあんちゃん!今日は縞々の兄ちゃんと一緒じゃないのか」
「ああ、別の奴連れてきた」
『こんにちは』
「いらっしゃい。初めて見る兄ちゃんだな!いっぱい食ってくれよ!」
気さくな笑顔の店主に挨拶して、2人は席に着く。
「ほらよ。好きなもん食え」
『どうも』
手渡されたお品書き表を眺めて、あまり迷った様子もなく、ヒジリマコトは“これにします”と鯖の 味噌煮定食を選んだ。
自分はいつもの唐揚げ定食を注文する。
料理が運ばれてきた。
手を合わせて食前感謝を述べ、箸を手に取り食べ始める。
『美味しい』
「!」
ヒジリマコトが微笑んだ。彼の笑った顔を見たのは初めてだった。
「…だろ?俺ァすっかり常連になっちまったんだ」
『分かります。すごく美味しいです』
穏やかな表情で料理を口に運ぶヒジリマコト。
こんな柔らかい顔もするのか。
少し嬉しくなった実弥は、長男気質が顔を出してしまい、自分の唐揚げを1つ、ヒジリマコトの皿に乗せる。
「ほら、これも美味いから1個食ってみろ」
『ありがとうございます。……あ、美味しい』
眉を寄せて遠慮するかと思いきや、意外にも素直に唐揚げを囓る彼に、また嬉しくなる実弥。
「……時透が自分もお前と飯行きたいって言ってたぞ」
『そうなんですか。今度時透さんと同じ任務になったら誘ってみます』
「文(ふみ)書いて鴉飛ばせばいいんじゃねェの」
『あ、そうか』
なんだ。ツンとしていると思っていたが、話せばちゃんと表情も変わるし反応もするじゃねェか。
そんなことをしみじみ考えていたその時。
「いっってぇ!!」
「どうした親父!?」
急いで厨房のほうに行くと、店主の左手が血だらけになっていた。
「…ちょっと食材が硬かったんで力入れて切ろうとしたら、手が滑って自分の指を切っちまった 」
「見せてみろ」
実弥が傷の確認をする。
「…こりゃ結構ザックリいっちまったな……」
『見せてください』
ヒジリマコトにも傷を見せる。
『深いですね。あんまり水で流さないほうがいいですよ。余計に出血します。…ちょっと待っててください』
そう言って、ヒジリマコトは懐から何かの容器を取り出した。
『とりあえずこれを。少ししみると思いますが』
「…う゛っ……」
傷付近の血を軽く拭き取り、容器から淡い緑色の液体を指に取って、店主の傷に塗る。
彼の言う通りしみたのか、店主が低く呻き声をあげた。
数分後。
どくどくと出血していた店主の左手は、ヒジリマコトが塗った液体によって止血した。
「出血が止まった…!」
「こりゃ驚いた!ありがとうなあ、兄ちゃん」
『いえ。血が止まってよかったです。応急処置なので、ちゃんと医者に診せてください』
「ああ、そうするよ。また食べに来てくれ!その時はサービスさせてくれな」
『ありがとうございます。お大事に』
「じゃあ、またな親父。ちゃんと医者行けよ。ごちそうさん」
会計を済ませて店を出る。
『不死川さん、ご馳走様でした』
「ああ。それよりすげえな。さっきの何だ?お前が作った薬か?」
『はい。血止めに効果がある薬草をすり潰したり練ったりして作りました。今度不死川さんにもあげます』
「俺は要らねえよ」
『自分の身体スパスパ斬るじゃないすか。持っておいたがいいっすよ』
何も言い返せない。しみるのは少々嫌だが、持っておけば助かる場面もあるだろう。
「…んじゃ、今度もらおうかな」
『はい』
並んで歩く。
実弥は甘いものが食べたくなった。
「なあ、甘味は好きか?」
『好きっすよ』
「じゃ、美味い店連れてってやる」
『今からすか』
「甘いもんは別腹だろ?」
『ええ、まあ』
「よし、行くぞ」
半ば強引に誘い、2人は実弥のお気に入りの甘味屋へ向かった。
「あらあら、不死川様いらっしゃい。あら、今日はまた綺麗な顔立ちのお兄さんと一緒なのね!」
「おかみさん、いつもの頼む。こいつにも同じのを」
「かしこまりました。お待ちくださいね」
『いつものとは?』
「おはぎと抹茶だ。美味いぞ」
運ばれてきたおはぎと抹茶を口にする。
『美味しいですね』
ヒジリマコトの表情がまた柔らかくなった。
「そうだろ。他の甘味も美味いけどな、俺ァこれがいちばん好きなんだ」
『へえ。そんな悪党ヅラして、甘いのが好きなんて意外っすね』
「悪党ヅラで悪かったな」
そんなやり取りを、実弥は楽しいと思ってしまった。
『今度薬渡すついでに、おはぎ作ってあげますよ。抹茶も立てて』
「!お前そんなのもできるのか?」
『はい。料理は大体何でもいけます。茶道も習わされてたし』
「へえ〜。んじゃ頼むわ」
会計を済ませ、店の者に挨拶して店を出る。
「……なあ、お前の名前、どんな字書くんだ?」
『俺の?…じゃあ手、貸してください 』
ヒジリマコトが実弥の手を取り、手のひらに指で文字を書く。
“聖”、“麻琴”と。
「ふーん。俺は自分の名前しか書けねえから。読みはできるけどな。お前が字書けるなら、今度報告書とか代筆頼めると助かるんだが」
『いいっすよ』
あっさり承諾してくれた。それも少し、嬉しく思う。
「爽籟!」
バサバサッ
実は近くにいた実弥の鎹鴉が飛んできて、彼の肩に止まる。
「こいつが俺の鴉だ。お前のは?」
『いますよ。…彩葉(いろは)!』
バサッ
初めて見る麻琴の鎹鴉。主と同じ澄んだ目をしている、艷やかな羽の雌鴉だった。
「お前ら、お互いの顔と主人の顔覚えとけよ」
《ドウモ》
《ヨロシク》
『爽籟、よろしくな』
麻琴がそっと爽籟の頭を撫でる。優しい眼差しだった。
動物相手にはこんな顔になるのか。
今日は今まで知らなかった麻琴の一面をいくつも知れた気がする実弥。
「んじゃ、代筆してほしい時は鴉飛ばして頼むから。……あとまた飯行こうぜ」
『分かりました。いいっすよ。次は俺が出します。…あ、それと。薬渡す時も彩葉に頼んで知らせます』
「おう」
麻琴と別れて帰路につく。
《……実弥》
「何だ?爽籟」
《…イヤ、ヤッパリイイ》
「ははっ。何だそれ」
何かを言い掛けた爽籟が、珍しく言葉を濁した。
つづく
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