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24
保健室に連れていかれて、保健医の野沢に足をさすられる。押されるたびに、飛びあがるような痛みを発した。
「軽い捻挫だ。氷で冷やしておけば治る」
保健医なのに盲目で、だからサングラスをしていると噂がある怪しい教師だ。しかし、その真相は闇の中。
ミステリアスな教師であっても、保健医であることに代わりない。相手の捻挫という診断に、ようやく実感がわいてきた。
開いている窓から生温かい空気と一緒に外で続いている競技の声援が幽かに聴こえてきた。一年生の玉入れが行われている。
左足首に湿布をはられて、包帯でぐるぐる巻きにされる。氷嚢を受取り自分で患部に押し当てた。今日の競技にはもう出れないだろうなぁと、笑みを浮かべて野沢が言う。
それに苦笑いを返していると、また新たな患者が保健室に入ってきた。相手がそちらの面倒を見に行っている間、俺はここまで連れてきてくれた大翔に「なぁ」と話しかける。
「お前に頼みがあるんだけど」
「あぁ、紅白対抗リレーの方だろ?大丈夫。補欠はちゃんといるから、そいつに頼んで」
「いや、紅白リレーは出る」
「……はぁ?」
「頼みってのは、紅白リレーの順番を変えてほしいってことなんだけど……駄目か?」
「駄目っていうか……出れるのか?」
「出る、でなきゃいけない理由ができた。大丈夫、必ず勝つから。だから、頼む」
そういって、頭を下げた。
大翔が少しだけバツの悪い顔をしたが、少しだけ頭をめぐらした後に「いいぞ」と頷いてくれた。安堵のため息をついて、今度こいつに菓子パン五個くらい買ってやろうと笑顔を向ける。
「それで、順番をどうしたいんだ?」
「渉の後ろにしてくれないか?」
「……えぇぇぇ……いけるのか?」
力強く頷けば、相手もそれに押される形で分かったよと頷いた。
次の競技、男子限定の棒倒し、そして一年生リレーが終わればすぐに紅白対抗リレーだ。俺はそれまで保健室でゆっくりしているといって、その場に残った。
座っているソファーに深く座りなおし、これで渉が許してくれなかったらどうしようと不安に胸が押しつぶされそうになる。ある意味賭けだな。
左足は、少し動かすだけでも握られたように痛む。だから、痛いのも面倒くさいのも大嫌いなんだよ。それが渉のためにここまで体はっちゃうんだから、好きなんだよ。悪いかよ、好きだよ。
外から、ひときわ大きな歓声がする。放送で、棒倒しが白組の勝ちだと知らせた。
紅白対抗リレーの選手は校庭に集まってください。
その声を聞いて、無理やり足を引きずり校庭に出た。あまり人に悟られないように、歩いている様を演じる。
大翔が迎えに来てくれたので、相手の腕につかまりながら指定の場所へゆっくり歩く。先に来ていた奴らが、遅いといって俺達を迎えた。渉はそっぽを向いて俺をみていない。
「この紅白リレーで、勝ち負けが決まる……勝つぞ!」
大翔が点数板を見ながら言った。
渉のことばかりで、勝敗についてすっかり失念していた。紅白リレーには青柳と司の姿もある。さて、勝てるかどうかの見物になってきた。
スピーカーから曲が鳴り響き、とうとう最後の種目が争われる。奇数番と偶数番の列にそれぞれ分かれて入場だ。渉の並ぶ偶数番が先に行ったので、奇数番の俺が一番最後に並んだことはバレずに済んだ。
そして奇数番も入場して指定の位置に着く。
最初の走者は女子からだ。女子が全員走り終わると、途中で男子へとバトンを渡して交代する。
審判がピストルをかまえる。皆が固唾を呑んで見守るなか、渇いた破裂音で紅白二つの影が走りだす。両チームからの鋭い声援が響き渡り、選手である俺達も声を上げる。
第一走者はどちらも同じスピードで先頭を競う。第二走者にバトンが渡ると、紅組が追い越して先を急いだ。組の観衆が湧くなか、次の第三走者では白が紅を抜いた。反対に白組の声が大きくなる。
スピーカーからの地獄と天国だかの曲は聞こえない、すべて声援によって塗りつぶされる。
両者先頭を譲らずに接戦の走りを見せる。たった一歩だけの距離を保って先頭が走るので、すぐに追い越し追い越せの状況になるのだ。
中盤で青柳が走っているのをみた。頭脳明晰だけではない、運動神経もずば抜けている。正しい走法で紅組に少しだけ差を残し、次の走者にバトンを渡した。
後半戦になって、俺の順番もあと少しだ。左足が痛んで立ちたくないと訴えてくる。それでも、顔を歪めながら口元をつり上げて笑う。
これくらいの痛みがあったほうが、追い詰められてちょうどいい。痛い、だが走りたい。渉に、バトンを渡したい。
痛みに舌打ちだけをしておいて、そうして俺の番がやってくる。立ち上がると足首が案の定痛んだが、それでもコースに並んで次の走者が来るのを待った。
白組が先を行っている。隣に並んだ白の走者が先にバトンを手にして走り出した。それを眼だけで追って、すぐに駆け込んできた紅の走者からバトンを受け取って、走る。
頭がすっきりしているせいか、もう走ることしか考えられない。アドレナリンが出ているので、足の痛みは感じなくなった。辺りが急に静かになって、足を上げ前に出すことに没頭。目を前方に据えて、息を大きく吐いてから止めて一気に走りだす。前を走る走者との距離は縮まらないが、これ以上離れないよう必死に走る。
息が苦しくなって吐き出したと同時に、左足が痛んで息がまた止まる。倒れそうになった体を立てなおし、せめて転ばないように両腕を大きく振った。それでも、先頭に少しだけ先をいかれてしまった。歯を食いしばってラストスパートをかける。
目の前に、白い頭の男がいる。渉は俺の順番が変わったことを、馬鹿にしているだろうか、驚いているだろうか。顔が良く見える。しかし、いつもの無表情だ。わかんねぇ。
彼の隣に立っていた白組アンカーの司がバトンを受取り、先に走りだしのが見えた。俺も左手に持っていたバトンを前に出す。渉の右手が横に出される。バトンパスの合図なんて決めていない。舌が、叫びたい言葉を絞り出した。
「渉っ……!!」
彼が俺を見つめる。視線が混ざり合うと同時に、相手がにやりと笑った。そしてバトンが相手の右手にすいこまれる。掌の感触、渉がバトンを握った力強さに腕を離した。それでも視線が逸らせない。
渉、渉、渉、お前に触れたくしょうがない。お前のこと好きだから、ごめん、ごめん……。
彼の右手が俺の左手指を舐めた。相手が笑い、口元が動く。
「勝ってくる」
相手の白髪が風になびいて、白い獣が走りだす。まるで白い風だ。風が目の前を吹きすぎていった。
俺は係員に注意されて、急いで走り終わったチームの列に並んだ。しかし、渉の走りを見つめたままだ。皆どちらが勝つかを見つめていた。
あいつが速い、あっという間に司に追いつく。
ゴールまであと数メートル。そのとき両者が並んだ。誰もが息を呑む。並んで、ゴールの白いテープを切った。
どちらが勝ったかはこちら側からではわからない。審判の判定が行われているようだ。俺達はもだもだしながら、放送があるのを待つ。
そして、「判定が終了しました」の声で校庭の誰もが口を閉じる。女子生徒のよく通る声が結果を口にした。
「……紅白対抗リレーは、紅組の勝ちです」
その瞬間、隣の誰だかわからないやつとハイタッチしたり体当たりしたりと、紅組の興奮が最高潮に達した。白組の奴らがうなだれているので、そこは気にするところかもしれないが喜ぶことに忙しくてそれどころではなかった。
コメント
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わあ、もう体育祭も終盤なんですね……!主人公が捻挫しながらも「渉にバトンを渡したい」って必死に走る姿、めちゃくちゃ胸にきました。痛さとかっこよさが混ざってて、ラストのバトンパスと「勝ってくる」の一言で全部持ってかれました。紅組勝利、本当によかったですね…!