アテンション。アテンション。
全俺に告ぐ。
緊急事態である。
……課長にコーヒーぶっぱしちまった!!
「はぁ……なんで俺ってこんな……」
案の定しこたま怒られた。
もうホント、正直仕事のミスの時より怒られた。俺だってコーヒーかかったのに。いや俺がかかってるかどうかは関係ないんだろうけど。
課長のあまりの勢いに竦み上がって、ぱっぱと着替え逃げるように昼休憩で会社を飛び出し、今現在橋の手すりに寄りかかって黄昏ている訳だ。
咄嗟の注意喚起に何の意味も無し。
そもそも事態が目の前で起きている時点で俺がどうこうできる範囲を超えていたのだ。怪盗だって事前に計画立てて犯行するのに、三十路差し掛かったおっさんが土壇場で華麗なるエスケープなんぞ出来るはずが無かった。
……なに?怪盗は不測の事態にも機転を利かせてるんだって?……ま、そうだわな。俺にゃ怪盗は無理だ。頭回んねぇ。
…………………うん。
怪盗だのなんだの精一杯の現実逃避はしてみたが、しかしやはりここ最近の俺といったら……流石に言い逃れ出来ない。
それくらい、いつにも増してポカばっかなのだ。やっぱ寝不足か?コーヒーか?カフェインパワーの出番なのか?それとも………
「あっ」
……とか何とかごちゃごちゃ考えてるせいですよねそうですよね。ね、だから手を滑らせた反省中に手なんか滑らすんですね。
財布、川ん中に消えましたよ、えぇ。
「………うっそだろ…」
まぁ流石に、橋のど真ん中でしゃがみ込むくらいは許してくれよ。今月の全財産だぜ?
コーヒー買いたいって言ったせいか?なぁ神さんよ、なにも丸ごと持ってかなくたっていいだろう?銀行カードもあん中だったんですが?
「もやし生活はじまったな…」
「あの……大丈夫、です…か?」
「うぉっ!?」
__ガッツン!!
「っぐぅ…!」
「がはっ……」
頭頂部に鈍いというか重い衝撃が走る。
びっくりして立ち上がった俺が、声をかけていた(推定)男(の多分顎)に頭突きをかましてしまったのだ。そう、多分ね。
またしゃがみ込んで、頭を抱えたままさぁっと青ざめた。
あぁ、またやらかした…。ごめんなさい名も知らぬ優しい方……!
そもそもどうしてこうも次々と災難ばっかりマッハ10で走って来るんだ。俺の座右の銘聞くか?『禍福はあざなえる縄の如し』だよ。福、全ッ然来ねーの!
いやまぁ、いいよ別に財布は。俺があと1週間もやしの民になればいいだけなんだから。だから財布くらいいくらでもあげるからさぁ、ホント他人様巻き込んじゃうのだけは勘弁してくれ!
「……勘弁してくれ!」カッ!
「っうぇ!?、あ、す、すみませ…あ、なんだ独り言か……え、声でっか…」
もっと気を引き締めろ、大地!迷惑ばっかかけるなんて最低だぞ!
「……よし!明日から俺は生まれ変わるんだ!空気読めて、仕事できて、ドジ踏まない最高にクールな男へ……コ●ラだ、スペースコブ●に俺はなるんだ…!」
「……なんか大丈夫そうなので、俺帰りますね〜……あれ、聞こえてます?おーい?」
次の日、廊下で足を滑らせた俺は首を刈り取るような鋭さで課長にラリアットをキメた。
課長が床に吸い込まれて視界から消え、そのまま俺は課長の頭の在った所でパージされ浮かんでいた課長のカツラにも、ラリアットをキメた。
その2連撃はさながら敵を屠るス●ースコブラの様に鮮やかな手腕であったと、同期は後に語る。
死闘の末にリングに残った勝者のように、腕を振り切ったポーズで固まった俺は震えながら、スペース●ブラはラリアットなんかしないと深く思った。
……そして本日、俺はめでたく全然違う部署に出張命令(という名の追放命令)を受けることになりましたとさ。めでたしめでたし。
「……というような経緯でこちらでお世話になることになりました、佐藤 大地です。よろしくお願いします」
「…………………えぇ?」
そんなことある?
というか、この人この前の……橋でしゃがみ込んでた人だよな。まさか同じ会社だとは。そしてまさか、そんな理由で他部署にヘルプに入る人がこの世にいるとは。
……変人具合は思っていた通りだったな。
「佐藤くんはとても優秀な方なんだよ。皆仲良くしてね。佐藤くん、何か他に伝えたいことはあるかな?」
「はい。常時俺の後ろはとても危険なので決して立たないでください」
ゴ●ゴかな?
「スペースコ●ラの様なクールな男を目指しています」
コブ●かよ。
1週間前に志し始めたやつだろソレ。聞いてたけど。いや自己紹介で言う?
というか、あの次の日に早速やらかしたのかよ。えげつない不運体質なのか?逆にすごいな。
「……ということだから、浅井くん、佐藤くんにここでのタスクを教えてあげてくれる?」
「……えっ!?お、俺ですか?」
「浅井くん教えるの上手だから。頼める?」
「も、勿論です」
上司からの頼みを断れる訳がない。
しかし、しかしちょっと……ちょっとコイツは俺には……。
ちらっと佐藤さんを見ると、運悪くバチッと目が合ってしまった。目を合わせるのは会話の基本だが、何故かこの人に限っては「やらかした」という思いしか浮かばない。
「よろしくお願いします、浅井さん」
「うぁ、や、その……よろしく、お願いします……佐藤さん」
一つだけ言えることは、
にっこり笑って握手しようとこちらに近づき、足を滑らせ、俺に頭突きをかました佐藤さんに、一切の悪意は無かったのだろう、ということだけだ。
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