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背後に聳える摩天楼――自社ビルから解放され、雪緒は空を見上げた。
灰色の雲が垂れこめて、どんよりと暗い。朝のニュースでも、夜には大雨になると予報されていた。
今日は、自宅から徒歩圏内にオープンした、フレンチバルに穂乃里と行く約束があった。カフェが休みの水曜日、穂乃里が店の手伝いのお礼だと言って時折誘ってくれる。全額の負担は固辞したので、デザート代をお礼として受け取ることに落ち着いていた。
飲食業界内には精度の高い情報がまわるのか、穂乃里が誘ってくれる店はハズレがないので今日も楽しみにしていた。
30分ほど電車に揺られて、自宅最寄りの駅に着く。
改札を抜けると、雪緒を見つけた穂乃里が可愛らしく手を振ってきた。
「お疲れ様ー! 雨、降らなくてよかったね」
「そうだね、お店までは持ちそうだね」
「じゃ、いこっか」
歩き出した穂乃里の艶のあるカラーリングされた髪が、綺麗に巻かれて肩で弾んでいる。
それから目が離せず、しばらく眺めてしまう。
羨ましい、と素直に思う。
その雪緒の髪は顎のラインにかからないくらいのショートカット。髪の毛が細くて、少し伸ばそうとすると絡み合って引っ掛かり、収拾がつかなくなる。だから人生で一度も髪を伸ばしたことがない。
でも、どうせ。
髪質が違ったところで、私にロングは似合わない。
あれは、穂乃里みたいな可愛い雰囲気の女の子のためのものだ。
その日の穂乃里の服装も、完璧だった。――雪緒が考える、理想の姿、そのままだ。
華奢な肩をぴったり包む、柔らかい素材のブラウス。
女らしいカーブを描く腰から足までを包む、滑らかなスカート。
程よい高さの、凝った意匠のヒール。
このまま、ショーウィンドウの中に入れて、眺めていたいくらいの。
歩きながら、自分の体を見下ろす。
しっかりした肩を少しでも目立たせないようにできるデザインのカットソー。
座りっぱなしでも皺になりにくい素材のパンツ。
大き目サイズの雨にも強いパンプス。
こっそりとため息をつく。
理想と、現実。
どんなに願っても、ダイエットしても、身長や骨格はどうにもできない。
「……それでね、そこの目玉メニューが……雪緒ちゃん?」
「えっ? あ、ごめん、もう一回……」
我に返って、穂乃里に目を向ける。
――そのとき、視界に入った人影に、息が止まる。