一緒に帰るというだけの話だったはずだが、何故か流れで楓弥が俺の家に来ることになっていた。
特に強引に押しかけられたわけでもないのに、まるで違和感を感じさせず俺に着いてくる楓弥は、恐るべし天性の末っ子気質だ。
家に入ると、楓弥はスニーカーを脱ぎ、俺よりも先に室内に直行する。
「散らかってるけど我慢しろよ」
そう言いながらテーブルの上に置きっぱなしだった台本やアクセサリーをまとめて端に寄せると、楓弥は周囲をキョロキョロと見回してにこりと笑った。
「全然気にならないよ。てか散らかっててもオシャレだね」
「お世辞言っても何も出ないぞ」
「ほんとだってば!」
軽口を叩き合うのは通常運転で、その感覚が心地よかった。
____
シャワーを済ませた後、寝室に入ると、ベッドで寝転がる楓弥がいた。持参してきたコントローラーを手渡され、「勝負しよう」とスマブラが始まる。
終始煽り合いながら何度かラウンドを重ねた末、俺が見事勝利を収める。
楓弥は「あ”ー!!!」と叫んでコントローラーを放り出した。
「お前、また弱くなった?」
「…わざと負けてあげたんだし」
「はいはい、負け惜しみ乙」
久々にやったスマブラが案外楽しくて、二戦目を行うつもりで楓弥にぐっと顔を近づける。
「どうしてもって言うならもう1回やってもいいけど?」
勝ち誇るように笑いながら煽る俺に、楓弥は一瞬黙り込んだ。
気づいた時には、既に唇に何かが触れた後だった。
(……え)
楓弥が俺の肩を押して体がベッドに沈む。片手を繋ぐようにして押さえつけられ、もう片方の手で頬を撫でられる。真剣で熱っぽい瞳が俺を捉えた。
「……ふみや、」
名前を呼んでも、楓弥は何も答えない。ただそのまま俺をじっと見つめるだけだ。
ただ楓弥の視線に捕らわれ、胸の鼓動が速くなるのを感じていた。
沈黙が続いた後、不意に手は解放され、俺の上に倒れ込むようにして体を預けてきた。
「……もう、なんで嫌がらないんだよ~…」
不満そうな弱々しい声が、胸元に押し付けられた。頭越しに聞こえる早い心臓の音が、まるで自分の鼓動にシンクロするみたいだった。
「ふみや……お前、自分でやっといて顔赤いぞ」
笑いを含んだ声で言うと、楓弥は俺のお腹に顔を埋めたまま、「うるさい!」と籠った声で返してきた。
____
しばらくそうして、ようやく顔を上げ、俺を見つめてくる。その瞳は不満げで、少し怒っているようにも見えた。
「しゅーとくんさ、そんなだと俺、本当に襲っても知らないからね!」
叱るように吐き捨てたセリフに、俺は思わず肩をすくめた。
「…いいよ、ふみやなら」
その瞬間、楓弥はピタリと動きを止める。
「えっ!!!!」
叫び声を上げた。通常運転のリアクションに、俺は慌てて口元を押さえる。
「うるさいお前! 近所迷惑!」
「だ、だって……急にそんなこと言うから!」
顔を赤くしながら、ベッドの端で小さくなった様子がまた可愛くて、俺は呆れながらも笑ってしまう。
楓弥と全く同じ気持ちで居られてるかは分からない。でも、こいつには何をされても結局「可愛い」と許してしまう自分がいることに、とっくに気づいていた。
そして、その「可愛い」は、弟みたいとか、子どもっぽくてとか、そんな簡単な感情じゃないことも。
____
横を見ると、ついさっきまで熱っぽい目で俺を見つめていた楓弥が、今はまるで小さな子どものような穏やかな顔をして眠っている。
(さっきの迫力はどこいったんだよ)
むくれた顔も、無防備な顔も、そして、俺に向けてくる熱っぽい視線を向ける顔も、全部同じ奴なんだと思うと不思議な気持ちになる。
それでいて、そのどれもが愛おしいと思えてしまう自分に、我ながら呆れる。
そっと指を伸ばし、楓弥の頬をつんと軽く突いた。
「……んぅ……」
楓弥は小さく唸るだけで、起きる気配はない。その無防備さに、俺はさらにもう一度、ほっぺを突いた。
お前がはやく襲ってこないと、俺の方から襲うかもしれないぞ。
(__いや、無いな)
そんなことを考えて心の中で小さく笑った。
楓弥の寝顔をもう一度確認して、俺はそっと目を閉じる。隣から聞こえる寝息のリズムが心地よく、気づけば俺も深い眠りに落ちていった。
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