コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
学生街の喫茶店はこの高校の生徒や大学生で混み合っていた。ウェイトレスはコースターを二枚テーブルに置き、銀のお盆から背の高いグラスを降ろした。俺は尻ポケットの財布に手を伸ばした。
「ここはいい」向かいに座るケマルはウェイトレスに小銭をざらざらと渡した。
面長の顔、切れ長の目、茶色い瞳。間近で見ると、画面の中よりもいっそう造形がはっきりしている。女子達が騒ぐのも無理はない。ヘアスタイルは鮮烈デビューの頃の赤ショートではなく、ウェーブのかかった茶色い髪をオールバックに固めている。これからはこれが流行るわけだ。
「正直に言うよ。君のような人気者が、どうして俺なんかに」
「そんなことに、いちいち理由なんて必要か」
「そもそも、君と俺じゃあ生きてる世界が違い過ぎるよ。いつもキャーキャー言われながら囲まれてる人とは」
「そうでもないぞ」ケマルはテレビで見るように、手ぐしでサイドを流した「周り見てみろよ」店内の半数以上は女子だ。なのに、誰もサインを求めにやってこない。それどころか、存在にすら気付いていない様子だ。
「こっち側じゃ、俺は何者でもないよ」
ケマルは涼しそうにストローを吸う。背高グラスの中で炭酸の泡が沸き起こった。
「ならば、壁の向こう側のあの騒ぎは何だって説明するつもりなんだ?」
「幻想」
「そんな!」机が揺れると、レモネードの中の氷がシャンと小さな音をたてた「去年の主演映画だって、今やってるドラマだって、幻想なわけない。君の人気はみんな知ってる、これが現実じゃなかったら、一体何を現実って呼ぶんだ」
「向こう側から見ると、そういう風に見えんのかな」彼は冷ややかな表情を浮かべた「でも、俺って実際、けっこう野暮で地味だぜ」
「そうは全然見えないけどね」
ケマルは、上半身を俺の方にせり出した。
「それが幻想ってやつだ。なあクタイ。お前は俺を、今でも向こう側から見たいのか、それとも、こっち側から見てんのか」
さっきこの男にくちゃくちゃに丸められたノートの切れ端が、ポケットの中で小さくなったままだ。
「ごめん、まだ目が慣れ切ってないんだ」
俺は目をこすると、椅子を座りなおした。