テラーノベル
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どぞ↓
配信前、まだマイクも入ってない控えめな時間。
部屋は静かで、モニターだけがうっすら光ってる。
椅子に座って準備をしている叶の横に、葛葉が当然みたいに立ってる。
いつも通りの距離なのに、今日はなぜか少しだけ空気が違う。
「今日さ」
葛葉が、配信機材をいじりながらぼそっと言う。
「なんかやるの?」
叶は一瞬だけ目線を上げる。
「いや、いつも通り雑談とかゲームだけど」
「ふーん」
興味なさそうな返事。
でも、そのまま離れない。
叶は少し笑って、コントローラーを机に置く。
「なに、その聞き方」
「別に」
「絶対なんかあるじゃん」
葛葉は少しだけ黙る。
それから、視線を逸らしたまま言う。
「……今日さ、もし勝ったら」
「ん?」
そこで一回止まる。
いつもならそのまま流すのに、今日は珍しく言葉を選んでる感じ。
「なんか一個、言うこと聞けよ」
叶は少しだけ瞬きしてから、軽く笑う。
「え、なにそれ急に」
「いいだろ別に」
「いや、別にいいけどさ」
軽く流したつもりの叶の声に対して、葛葉はもう一歩だけ近づく。
「適当じゃなくてちゃんと」
「ちゃんと?」
「逃げんなよ」
その一言だけ、やけに静かだった。
冗談っぽさはあるのに、冗談で終わらせる気もない感じ。
叶は少しだけ黙ってから、椅子に肘をつく。
「じゃあさ」
「うん」
「勝ったら考えるわ」
その返しに、葛葉は一瞬だけ固まる。
「それズルくね」
「え、なんで?」
「決めとけよ最初に」
叶は笑いながら肩をすくめる。
「だってさ、内容決めたら緊張するじゃん」
「するの?」
「するでしょ普通に」
葛葉は小さく舌打ちして、でもそのまま引かない。
「じゃあ決まりな」
「え、なにが」
「勝ったら、ちゃんと一個」
「ちゃんとって何」
「お前が逃げらんないやつ」
その言い方が妙に真面目で、叶は少しだけ黙る。
モニターの光だけが二人の間を照らしてる。
「……怖いこと言うね」
叶がそう言うと、葛葉はやっと少しだけ笑う。
「負けなきゃいいだけだろ」
その一言で、空気がふっと軽くなる。
叶はコントローラーを持ち直して、軽く息を吐く。
「はいはい、じゃあ配信始めよっか」
葛葉はいつも通りの声に戻る。
「おう」
でも、その約束だけは、どっちも忘れてないまま。
マイクがオンになる少し前の静けさだけが、やけに長く残っていた。
コメント
1件
ああ、この距離感、すごく好きです。配信前の準備時間——日常と非日常の狭間みたいな空気が、ほんの数行で立ち上がってくる。葛葉の「逃げんなよ」がやけに静かで、冗談の皮を被せてるのに冗談じゃない温度がひしひし伝わってくるのが良かった。叶が「勝ったら考えるわ」とかわすのも、逃げてるようでいて実はしっかり受け止めてる感じがして。マイクがオンになる前のあの静けさだけで、二人の関係性が全部語られてるみたいでした。続き、気になります。
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