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#ロマンスファンタジー
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シエルは静かに立ち上がり、私の前に跪いた。
そしてポケットから、ビロードの小さな小箱を取り出した。
蓋が開かれると、中には月の雫を固めたような
大粒の真珠が埋め込まれた銀色の指輪が収められていた。
「満月の夜、君が泡になって消えることなんて、僕が絶対にさせない。これは、君をこの世界に繋ぎ止めるための『楔』だ。僕の妻になってほしいんだ、ラム」
「っ! シエル……っ」
溢れ出す涙で視界が激しく滲む。
言葉にならない想いが喉の奥で震え、私はただ何度も頷くことしかできなかった。
彼の名前を呼ぶだけで、胸がいっぱいになり、心臓が痛いほど高鳴る。
シエルは私の震える左手を取り、薬指にその指輪をゆっくりとはめてくれた。
ひんやりとした真珠の感触が
彼の誠実な誓いの言葉のように、じわりと肌の奥深くまで染み込んでいく。
「これで、永遠に一緒だよ」
私たちは見つめ合い、どちらからともなく微笑み合った。
かつて海辺で出会った人魚と少年だった私たちが
10年の時を超え、今こうして結ばれようとしている。
「……すっごく、嬉しいわ…なんだか、夢を見ているみたい……」
「夢じゃない、これは現実だよ。僕たちの新しい人生の始まりなんだ」
彼の大きな温もりに包まれながら、私は確かにそう確信した。
テラスでの食事を終え、心地よい満足感に浸っていると
シエルは「少し待っていて」と優しく告げて別邸の奥へと姿を消した。
「なんだろう?」なんて暢気なことを考えていると
しばらくして戻ってきた彼の背中には、大きな黒い革のケースが抱えられていた。
「シエル? それは……」
「うん。僕の相棒さ。ピアノもいいけれど、今日は君の隣で、この音を届けたかったんだ」
彼がケースを丁重に開けると、そこには艶やかな光沢を放つバイオリンが横たわっていた。
深紅の木肌が傾きかけた夕日に照らされて、まるで生きている宝石のように妖艶に輝いている。
「弾いてくれるの?」
「もちろん。今日は僕たちの特別な記念日だからね」
シエルが静かに弓を構える。弦に当てられた弓先が
緊張を孕んで微かに震え、次の瞬間───
空気が、一瞬で変わった。
波一つ立たない鏡のような湖面のように静まり返った空間に、最初の一音が雫となって落ちた。
低く、深く、それでいてどこまでも澄み切った響き。
それはまるで水中で聴く音のように柔らかく
しかし胸の奥を直接揺さぶるような確かな輪郭を持っている。
彼の指が弦の上を魔法のように滑り
弓がしなるたびに、紡がれる音符たちが色とりどりの光の粒子となって
テラスの隅々まで散りばめられていくようだった。