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祈りの果て

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祈りの果て

1 - 第1話プロローグ

♥

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2025年11月09日

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「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!」

荒い息が夜気を震わせた。視界を遮る木々がビシビシと身体に当たり、枝が肌を裂く。

だが、そんな痛みを気にする余裕などなかった。イタ王はただ――必死に走り続ける。


胸に抱いた小さな赤子が、突然の衝撃に怯えたように泣き声を上げた。

その声を聞くたびに、胸の奥がジワリと熱くなる。

「ごめん……ごめんね、イタリア……」

涙を堪えながら、イタ王は腕に力を込めた。


後方からは怒号と、追っ手の足音。

ヒュンと空気を裂いた音がした次の瞬間、矢が地面に突き刺さり――炎が広がる。

燃え上がる木々が道を塞ぐたびに、イタ王は新たな獣道を選んだ。

炎の壁を越え、煙に咳き込みながらも、ただ走った。

この命を、そしてこの腕の中の小さな命を守るために。


「どうして……こうなったんだっけ?」

息を乱しながら、誰にともなく呟く。

「どうして……こんな目に遭わなきゃいけないの?」


――ずっと、平和だったのに。

あの日までは。


あの日、“魔女狩り”が始まったその日から。

全てが崩れ去ったのだ。




『魔女狩り』――中世末期から近世にかけて、ヨーロッパで行われた迫害。

魔女とされた者たちは、法も理もないままに裁かれ、拷問され、火に焼かれた。

それは“信仰”の名を借りた狂気。


そして――それを広め、イタ王たちを“魔女”に仕立て上げたのは。


『行き止まりだ、イタ王。』


低く響いた声。

振り返れば、黒いマントを翻す一人の男。

――ナチス・ドイツ。


「……やっと森を抜けられそうだったのに。」

『逃すつもりなど、初めからない。』

「だろうね……」


イタ王は静かに息を整え、ナチスを見据えた。

その姿は、闇に浮かぶ死神のようだった。

いや――今の彼は、まさしく“死”そのものだ。


「ねぇ、なんで……こんなことをしたの?」

『それをお前に話す義務はない。』

「そっか……そうだよね。」


短く答えるナチスの瞳に、一瞬だけ迷いが走る。

そのわずかな揺らぎを見て、イタ王はふっと微笑んだ。

恨む気にはなれなかった。


『大人しく投降しろ。悪いようにはしない。だから――』

「……ナチス。」

『……?』


何かを言おうとして、言葉が喉で途切れた。

伝えたいことは山ほどあったのに、もうどれも届かない気がした。


だから、ただ――


「ごめんね。」


その言葉だけを残して、イタ王は踵を返す。

横手の獣道へと身を翻し、乱れる枝をかき分けて駆け抜けた。


やがて、視界の先に開けた光――崖だった。

眼下には、轟々と音を立てて荒れ狂う川が流れている。

足がすくむ。けれど、立ち止まれなかった。


『イタ王、その先には行けない。大人しく――諦めてくれ。』

背後から、ナチスの声。

「……それはできないよ。でもね、ナチス。」

イタ王は微かに振り返り、悲しげに笑った。

「僕、君のこと……信じてたよ。本当に。」


『……なに……?』


その笑みは、どこか月のようだった。

優しく、けれど儚く、今にも消えてしまいそうで。


『イタ……王……?』

ナチスの呼ぶ声を聞きながら、イタ王は腕の中の赤ん坊――イタリアを見下ろした。

ルビーとエメラルド。

二色の瞳が、無垢にイタ王を見つめ返す。

その小さな瞳が、痛いほど愛しかった。


「……イタリア。」

そっと頬を撫で、イタ王は崖の先へと一歩、また一歩。


『待てッ、イタ王!!!!!』


制止の声が響いた瞬間、イタ王は崖の向こうへと、

イタリアを――空へ放った。


風が唸り、時間が止まる。


――あの子なら、大丈夫。

――あの子は自然に愛されている。

――だから、生きられる。


ねぇ、イタリア。


最後にもう一度、その名を呼びながら、イタ王は微笑んだ。


「……愛してる。」

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