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夕暮れの裏路地。
「さあ、行こう。君のお父さんもお母さんも、きっと君を待っているよ」
勧誘者の男が、優しげな笑みを浮かべながら沢田の腕を掴む。その手はじんわりと冷たく、力強かった。
「……ふっ、我は闇に生きる者……貴様らの光に染まることなど――」
沢田はいつものように中二病を装い、軽口を叩こうとした。けれど、喉が渇いて声が上手く出ない。演技を続ける余裕すらないほど、心が疲れ果てていた。
表情が動かない。体が動かない。
(もう……無理かもしれない。いつまで続ければいいんだ。どうしたら、普通の生活に戻れるんだよ…!
誰でもいいから…誰でもいいから助けてくれよ…
神でもなんでもいいから…神がいるなら家族を元に戻してくれよ…!!!!)
そう思った瞬間――
「沢田!!」
息を切らせた鈴の声が、静かな路地裏に響いた。
「鈴……?」
驚いて顔を上げた瞬間、鈴は駆け寄り、勧誘者の男と沢田の間に割って入った。
「この人、沢田をどこに連れて行くつもり?」
「……これは彼のためなんだよ。彼も、本当は帰りたいはずなんだ」
「ふざけないで」
鈴は睨みつけ、ぎゅっと沢田の手を握る。
「沢田は、帰りたいなんて思ってない。無理やり連れて行こうとしないで」
勧誘者は困ったようにため息をつき
「君には関係のないことだよ」
と言いかけた。
しかし――
「あるわよ!」
鈴は珍しく怒った声を出した。
「だって、沢田は私の友達だから!」
沢田の目が大きく揺れる。
「……友達……?」
「そうだよ。絵を描くとき、すごく楽しそうにしてる沢田を、私は知ってる。バカみたいに中二病のセリフを言うのも、ちょっと面倒くさいけど……でも、そんな沢田が私は好きだよ」
「……!」
「だから、勝手にどこかに行かせない」
鈴はぎゅっと沢田の腕を引っ張った。
「帰るわよ、沢田」
その瞬間、沢田の中で張り詰めていたものが、ふっと緩んだ気がした。
「……ふっ」
思わず笑いがこぼれる。
「我が力を引き戻すとはな……貴様、まさか……契約者か?」
「はいはい、なんでもいいから、さっさと帰るわよ。」
「くっ……仕方あるまい」
沢田は、しっかりと鈴の手を握り返した。
勧誘者の男が何か言おうとしたが、鈴は一歩も引かなかった。その強い眼差しに圧され、男はため息をつくと、静かにその場を後にした。
二人きりになった路地裏で、鈴は大きく息をついた。
「……本当に、勝手にいなくならないでよ」
「……ああ、悪かった」
「沢田は、沢田のままでいいんだから」
鈴の言葉に、沢田は目を伏せ、そしてゆっくりと笑った。
「……ふっ、それが我が宿命ならば、受け入れよう……!」
「だから、そういうとこ!」
鈴の軽いツッコミを受けながら、沢田は少しだけ、心が軽くなった気がした。
「なあ、鈴…」
「なによ。沢田。」
沢田は、いつもの笑顔でにっと笑ってから鈴の手を握ったまま言う。
「鈴が好きだ。」
「え…?」
鈴の反応を見てから沢田はクスッと笑ってからかった。
「冗談だから気にするな。我の恩人。絶対に礼は返すから。また明日。」