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りゅず
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その日。
深澤は午前中の仕事がなく、久しぶりに家でゆっくり過ごしていた。
「よし。」
「今日は洗濯しよう。」
ここ最近、岩本はドラマの撮影が始まり、朝早く出て夜遅く帰る生活が続いている。
一緒に過ごせる時間も以前より少なくなっていた。
洗濯かごを抱え、深澤は一枚ずつ服を洗濯機へ入れていく。
岩本のシャツを手に取った、その時だった。
「……あれ?」
ふわりと香る匂いに、思わず手が止まる。
(この香り……。)
岩本が普段使っている香水とは違う。
甘すぎる香り。
知らない香水だった。
「……。」
深澤はもう一度シャツへ顔を近付ける。
間違いない。
普段の匂いではない。
(ドラマで使ったのかな。)
(それとも今日だけ変えたとか?)
そう考えると、不思議と納得できた。
俳優の仕事では衣装やヘアメイクに合わせて香りを変えることもあるかもしれない。
「まあ、そんな日もあるか。」
深澤はあまり気にせず、そのまま洗濯機を回した。
___________
今日の仕事は思った以上に長引いた。
時計を見ると、もう日付が変わろうとしている。
「ただいま。」
小さな声で玄関のドアを閉める。
家の中は静かだった。
寝室をのぞくと、岩本は疲れ切った様子で眠っている。
「……お疲れ。」
起こさないようにそっとドアを閉める。
深澤は脱衣所へ向かい、着替えようと洗濯かごへ目をやった。
そこには今日、岩本が着ていた服が入っていた。
何気なく手に取る。
その瞬間――。
「……。」
また、あの香りだった。
朝と同じ、知らない香水の匂い。
昼間は気にしなかったはずなのに、夜になると胸の奥がざわつく。
(なんで。)
(また同じ匂い……。)
一度気になってしまうと、嫌な想像ばかりが頭をよぎる。
(ドラマの共演者……?)
(いや、照がそんなことするわけ……。)
(でも、この匂いは……。)
深澤は首を横に振った。
「ダメだ。」
「勝手に決めつけるな。」
岩本を誰よりも知っているのは自分だ。
忙しくても必ず連絡をくれる。
約束を破ったこともない。
だからこそ、信じたい。
それでも、不安は簡単には消えてくれなかった。
深澤は静かに息を吐く。
(今考えても答えは出ない。)
(次にちゃんと顔を合わせたら。)
(さりげなく聞いてみよう。)
そう自分に言い聞かせながら、深澤はもう一度寝室のドアを開けた。
穏やかな寝息を立てる岩本の横顔は、いつもと何も変わらない。
その姿を見てもなお、胸の小さなざわめきだけは、静かに残り続けていた。
___________
翌朝。
深澤が目を覚ますと、ベッドの隣はもう空になっていた。
「……照。」
時計を見ると、まだ朝の六時過ぎ。
ドラマの撮影が始まってからというもの、岩本は毎日この時間には家を出ている。
「今日も早いな。」
深澤は眠そうな目をこすりながらリビングへ向かった。
ダイニングテーブルの上には、ラップの掛かった朝食が置かれている。
その横には、一枚のメモ。
『朝早く出るから起こさなかった。
ちゃんと朝ご飯食べること。
今日は帰るの遅くなるかもしれない。
行ってきます。』
その文字を見た瞬間、深澤は少しだけ肩の力が抜けた。
「……こういうところなんだよな。」
どんなに忙しくても。
朝食を作って。
メモを残して。
自分を気遣ってくれる。
昨日まで頭を占めていた不安が、少しだけ小さくなった。
「考えすぎかな。」
小さく笑って椅子へ座る。
「いただきます。」
温め直した朝食は、いつもの優しい味がした。
___________
朝食を食べ終えた深澤は、食器を片付ける。
「洗濯してから仕事行くか。」
脱衣所へ向かい、昨日岩本が着ていた服を洗濯機へ入れようとした。
その時だった。
コトッ。
小さな音を立てて、何かが床へ落ちる。
「……ん?」
深澤はしゃがみ込んで拾い上げた。
「え……。」
手のひらに乗っていたのは、小さなイヤリング。
華奢なデザインで、小さな石が光を反射している。
どう見ても女性用だった。
「なんで……。」
胸が大きく脈打つ。
知らない香水。
そして、このイヤリング。
昨日まで無理やり押し込めていた嫌な考えが、一気によみがえってくる。
(違う。)
(照がそんなことするわけない。)
(ドラマの撮影だ。)
(衣装かもしれない。)
(共演者が落としただけかもしれない。)
何度も自分に言い聞かせる。
けれど、心は簡単には納得してくれなかった。
深澤はイヤリングを見つめたまま、長い間動けずにいた。
やがて、小さく息を吐く。
「……信じよう。」
そう呟く。
岩本は今まで一度だって自分を裏切ったことはない。
だから今回も、きっと理由がある。
そう信じたい。
深澤はイヤリングをそっと元のポケットへ戻した。
「……今日は洗濯やめよう。」
このまま洗ってしまったら、イヤリングがなくなるかもしれない。
何より、自分の気持ちが整理できていなかった。
深澤は洗濯を諦め、そのまま洗濯かごを脱衣所の隅へ置く。
時計を見る。
もう家を出る時間だった。
「行ってきます。」
返事のない部屋へ小さく声を掛け、深澤は玄関のドアを閉めた。
信じたい。
でも、不安も消えない。
そんな二つの気持ちを胸に抱えたまま、深澤は仕事へ向かった。
コメント
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お疲れさまです、寺島あおいです🌷 第一話、じっくり読ませていただきました。 知らない香水の匂い、それだけならまだ「ドラマの都合かな」と流せるのに、最後の女性用イヤリングで一気に空気が変わった感じがしました。深澤さんが「信じよう」と自分に言い聞かせるほど、逆に胸が締め付けられる……。 岩本さんの朝ごはんとメモ、あの優しさが本物だからこそ、余計に苦しいですよね。続きがすごく気になります。このもやもやをどう描かれるのか、楽しみにしています🤍