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りゅず
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夕方。
深澤が仕事を終えて家へ帰ると、リビングには明かりがついていた。
「ただいま。」
「あ、おかえり。」
キッチンから岩本が顔を出す。
いつも通りの穏やかな笑顔だった。
深澤は思わずほっとする。
リビングへ入ると、ソファの上にはきれいに畳まれた洗濯物が並んでいた。
「もう終わったの?」
「うん。」
岩本は最後の一枚を畳みながら笑う。
「乾燥まで終わってたから、そのまま片付けようと思って。」
「ありがとう。」
深澤も笑顔で答える。
けれど、その視線は無意識に岩本の服へ向いてしまう。
昨日見つけたイヤリング。
知らない香水。
聞けばいい。
「このイヤリング何?」と、一言聞けば済む話なのかもしれない。
でも――。
(怖い。)
(もし聞いて。)
(今の関係が壊れたら。)
そう思うと、言葉が喉で止まってしまう。
結局その日は、ドラマのことも、イヤリングのことも、香水のことも何一つ聞けなかった。
二人はいつも通り夕食を食べ、いつも通り笑い合い、いつも通り眠りについた。
それなのに、深澤の胸の中だけが静かに苦しくなっていた。
___________
翌日。
仕事の合間。
深澤は渡辺を呼び止めた。
「翔太。」
「ちょっと相談いい?」
渡辺は深澤の表情を見るなり、少し真面目な顔になる。
「どうした?」
深澤は人の少ない休憩スペースへ移動し、小さな声でここ数日の出来事を話した。
知らない香水。
ポケットから出てきたイヤリング。
そして、何も聞けなかったこと。
最後まで黙って聞いていた渡辺は、腕を組みながら考え込む。
「……ふーん。」
「俺だったら。」
「いきなりイヤリングのことは聞かない。」
深澤は顔を上げる。
「じゃあどうする?」
「まずはさ。」
「今撮ってるドラマの話だけでも聞いてみたら?」
「ドラマ?」
「うん。」
「共演者の話とか、現場の話とか。」
「そこから自然に分かることもあるかもしれない。」
深澤はゆっくり頷いた。
「……そうだね。」
「ありがとう。」
渡辺は軽く深澤の肩を叩く。
「一人で抱え込むな。」
「でも。」
「決めつけるのだけはやめろ。」
「照を信じるなら最後まで信じろ。」
その言葉に、深澤は小さく「うん」と返事をした。
___________
その日の夜。
夕食を食べ終え、二人でソファに座る。
テレビではドラマの予告が流れていた。
深澤は勇気を出して口を開く。
「照。」
「ん?」
「今撮ってるドラマって。」
「どんな話なの?」
岩本は少しだけ困ったように笑った。
「ああ。」
「ごめん。」
「守秘義務があるから。」
「今はまだ詳しく話せないんだ。」
「情報解禁までは内緒。」
申し訳なさそうな表情だった。
深澤はすぐに笑顔を作る。
「そっか。」
「そうだよね。」
「俺も聞いてごめん。」
「いや、謝ることじゃないよ。」
岩本は何も疑うことなく笑った。
その笑顔は、いつもの照だった。
だからこそ。
深澤の胸は締めつけられる。
(そうだよね。)
(仕事なんだから。)
(話せなくて当然。)
頭では理解している。
それでも心の中では、どうしようもなく悲しかった。
(俺。)
(照に隠し事をされるのが。)
(こんなに苦しいんだ……。)
岩本は何も知らないまま、深澤の隣で穏やかにテレビを見ている。
深澤はそんな横顔を見つめながら、小さく拳を握り締めた。
信じたい気持ちと、不安な気持ち。
その二つの間で、深澤の心は静かに揺れ続けていた。
___________
翌日。
仕事を終えた深澤は、阿部と渡辺と待ち合わせをし、個室のある喫茶店へ来ていた。
温かいコーヒーが運ばれてきても、深澤はほとんど口をつけない。
その様子に、阿部が心配そうに声を掛けた。
「ふっか、大丈夫?」
深澤は小さく笑った。
「うん。」
「……大丈夫。」
けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
深澤はふと向かいに座る阿部へ視線を向けた。
カップを持つ左手。
薬指には、目黒から贈られた指輪が静かに輝いていた。
その指輪を見た瞬間。
胸の奥に押し込めていた気持ちが、一気にあふれ出した。
(そういえば……。)
(俺。)
(照から、何かアクセサリーをもらったことって……。)
何気ない疑問だった。
でも、その瞬間に昨日までの出来事が頭の中を駆け巡る。
知らない香水。
ポケットから出てきた女性用のイヤリング。
守秘義務で話せないドラマ。
そして、自分には何も話してくれない岩本。
「……っ。」
視界が滲む。
阿部と渡辺が驚いて顔を上げた。
「ふっか?」
深澤は慌てて涙を拭こうとする。
「ごめん……。」
「なんでも……。」
そう言おうとしたが、声にならなかった。
涙だけが次々と頬を伝っていく。
阿部はすぐに立ち上がり、深澤の隣へ移動した。
「ふっか。」
何も聞かず、そっと隣に座る。
その温もりだけで、深澤はさらに涙が止まらなくなった。
「俺……。」
「照を信じたいのに……。」
「信じてるのに……。」
「悪いことばっかり考えちゃう……。」
苦しそうに言葉を絞り出す。
阿部は深澤の背中を優しくさすった。
「信じたいからこそ、不安になるんだよ。」
「俺も、めめが忙しくて全然会えなかった時、何度も悪い方に考えちゃったことある。」
「でも。」
「不安になることと、信じてないことは違うから。」
深澤は小さく頷いた。
それでも涙は止まらない。
渡辺も静かに口を開く。
「ふっか。」
「照のドラマ。」
「情報解禁、もうすぐだろ。」
深澤は涙を拭きながら頷く。
「……うん。」
「だったら。」
「それまでは照を信じよう。」
「今は守秘義務がある。」
「話したくないんじゃなくて、話せないだけかもしれない。」
「俺たちまで勝手に答えを決めるのは、照がかわいそうだ。」
深澤は唇を噛みしめた。
頭では分かっている。
渡辺の言うことが正しいことも。
岩本がそんな人ではないことも。
全部、分かっている。
「……うん。」
深澤は小さく返事をした。
「信じる。」
「俺、照を信じる。」
その言葉に阿部は安心したように微笑み、渡辺も静かに頷いた。
けれど。
喫茶店を出る頃になっても。
胸の奥に居座る小さな不安だけは、どうしても消えてくれなかった。
信じたい。
でも怖い。
その二つの気持ちに挟まれたまま、深澤は静かに空を見上げていた。
コメント
1件
寺島あおいです🤍 第3話、読み終えました……。深澤さんの「信じたいけど怖い」っていう気持ちの揺れ方が、本当に心に響きました。特に「守秘義務があるから」と照くんに言われたときの、頭では理解できても胸が締め付けられる感じが切なくて。阿部くんの「信じたいからこそ不安になるんだよ」って言葉、優しくて沁みました。友達の存在が温かいですね。続きが気になります……!