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「――我々人間は、愛の奴隷なのですから」
この瞬間、私は私が変わっていく事を強く実感した。数十年一つが足らず、諦めて物置にしまったパズル。その最後のワンピースが見つかり、それへの思い出が想起されるような。そういった感覚だったのだ。忘れてしまっていた大切が見つかったような。
「……先輩、あの。元気出してください」
机と椅子が三つぽっちだけ置かれたただの物置。いや、正確には『他分野にわたる資料の完備された素敵なサークルルーム』と呼ぶようになった、その密閉区間の空気は重たい。それはもちろん物理的な意味がメインであるが、今日ばかしは精神的にもそうであった。
負けた。負けた、負けた、負けた、負けた。
ここ数か月、確実に優勝してやろうと己に誓って作り上げた小説が、優勝どころか入賞すらしていなかったのだ。これが単純な私の作品の敗北であったならば、それならまだよかった。だが、今回はそうではなく、たまたま同じ大会に応募された作品にとんでもない化け物がいたのだ。
ペンネームを「青龍」。彼の作品におけるテーマ、創作論の芯が私と類似、いや、合致していた。そのうえで、それに対する見解や全てで上をいかれている。
視野も語彙も感覚も、何一つとして勝てる箇所がない。
圧倒的で絶望的な、清々しいまでの大敗で。それに私は真の意味で敗北したのだ。
約ゼロ距離で見つめる机は、瞼の裏より暗く、心より明るい。花の痛みは著しく、そろそろ鼻血でも出るだろう。
唇に乗り乗られる消しカスが、砂利に落ちた雪のように苦い。だが、それ以上の苦みがこの魂の底から、全身の細胞すべて。まるで己が、初めからそうであったと感じてしまうほどに満ちていた。
「もう、小説やめようかな」
息が言葉に慣れきれずに、私の零した言葉に続いて不器用に連鎖する。何度も、そう何度も。そんなしのちゃんは私を一体どうしたいのだろう。やめるなというのか。いや、それも何もあり得ないだろう。
知らぬ間に部屋にいたらしい晃一は、驚きのあまりにすっかり放心のようだ。推敲途中の原稿用紙が重力に任せ流れてく。
時は確かに流れているのに、私以外のすべてが終わってしまったのか。否、それが違うことは当然わかっていた。ただ、認めたくなかったのであった。