『そうなる前に、沙根崎にはもっとずるくなってほしいと思ったんだ』
『……まぁ、猪突猛進なところがあるのは自覚してます』
私は大して好きでもないビールを、眉間に皺を寄せて飲む。
『もうちょっと素直になってもいいと思うよ。ああしてほしい、こうしてほしいって相手に頼むのは甘えじゃないし、媚びてる訳でもない。コミュニケーションのとり方一つにしても、〝こう言ってもらえたほうが嬉しいです〟って伝えると、相手のためになる。相手を否定するんじゃなくて、より良い方向に誘導して、お互いWin-Winになるやり方をするんだ』
『……そうですね。むやみやたらと衝突しないほうが、コスパいいですもんね』
『それな。……で、最初の話に戻るけど、相手にしてほしい事を言わないで、一人で怒りを溜め込むのはやめたほうがいい。不機嫌で相手をコントロールする人だと思われる。上司世代によくいるタイプだけど、ああいうの嫌だろ? わざとらしく音を立てて怒りを示して〝何かあったんですか?〟って言われるの待ってるのとか、怒る事で〝今自分は不機嫌だから、気遣え〟って無言で主張してるのとか』
そう言われ、私は両手で頭を抱える。
『うわぁ……、やだ……。私、そんな感じだったんですね。最悪……』
『そこまであからさまじゃなかったけどな。……でも、今気付けたからいいじゃん。直そうと思う気持ちがあるなら、今からがスタートだ。今より早い時なんてないしな』
六条さんはニカッと笑い、グラスに残っていたお酒を一気に呷る。
『沙根崎は頭がいいし、ガッツもある。だからやり方次第じゃ、凄く伸びると思ってる。俺も、二十五歳ぐらいまで営業成績に伸び悩んでたんだよ。その時にアドバイスっていうか、メンタルの持ち方かな。スパッと一刀両断してくれた人がいて、そのお陰で吹っ切れた。……だから、伸び悩んでる奴がいたら、俺も応援したいと思ったんだ』
それを聞いて意外に思った。
『……六条さんって、生まれながらの強者じゃないんですね』
『おま……、俺を何だと思ってるんだよ。俺だって生まれた時は無垢な赤子でしたよ』
『赤子って……』
私は彼の言い方に少しツボり、クスクス笑う。
『……とりあえず、ありがとうございました。来週から、少し気持ちを入れ替えて頑張っていきたいと思います』
改めてお礼を言うと、彼は『ん』と頷いて笑った。
**
そんなきっかけがあり、最初は苦手で嫌いだった六条さんの事を見直した。
彼を意識するようになってから、仕事での有能さは勿論、さりげなくみんなに気を遣っている姿を見て『いいな』と思うようになった。
六条さんに言われて、肩から余計な力が抜けた私は『可愛い』と言われても、以前のような抵抗感を覚える事はなくなった。
なるべく考え方を変えるようにし、以前より生きやすくなったように思える。
六条さんの隣に立つに相応しい女性になりたいな、と思ったけれど、彼の元カノがどんなタイプなのか分からない。
彼と仲のいい男性の先輩に尋ねて、詮索してると思われるのも嫌だし。
――私は私で勝負していけばいいんだ。
そう思っていたけれど、気づいてしまった。
六条さんと組んで行動していると、彼は通る必要のない道を歩く事がある。
営業の途中、路面店のフラワーショップがあると、少し立ち止まる。
同様に、女性向けの雑貨やアクセサリー、コスメなどを目にしても、誰かにあげるプレゼントを考えるように、足を止めるのだ。
(もしかして、頑張ってる私をねぎらおうと思ってくれているのかな)
おめでたい私はそう期待したけれど、すぐに違うと理解した。
営業部と商品開発部のフロアは同じで、彼は何かと商品開発部のほうを気にする。
新商品の情報をいち早く知りたいのかな? と思ったけれど、違った。
――上村朱里さん。
商品開発部は綺麗どころが揃っていて、その中でも一際美人な女性だ。
スラッとした高身長に、芸能人顔負けの整った顔。おまけに胸が大きくてスタイルがいい。
六条さんだけじゃなく、商品開発部の男性社員も彼女を気にしているのがすぐに分かった。
――気に食わない。
私は背が低いし、胸もあってないようなものだ。
正反対な美女を見ていると、恵まれた彼女が妬ましくなる。
六条さんは分かりやすいぐらい上村さんにちょっかいをかけ、目の前で彼のそんな姿を見るのが苦痛で堪らない。
彼の上村さんを見る目はとても優しく、彼女に塩対応されて嬉しそうにしているのが、本当に嫌だ。
――私の六条さんは、もっと格好いい人のはずなのに。
そんな勝手な想いが沸き起こり、二人を見るのが嫌になってしまう。
だから上村さんと話す時も、無意識にツンツンしてしまっていた。
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