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アパートに着き、部屋の前でノックをする。
彼は出てこない。
寝てるのかな?
「ごめん。私だけど……!」
ノックをしながら声をかけた。
すると――。
「どうした?」
扉が開き、加賀宮さんが出てきてくれた。
「あの……。具合が悪いって聞いて」
彼はとても怠そうだった。
「亜蘭が教えたのか。今日は帰って良いよ?」
そう言って彼は扉を締めようとした。
なにその対応!
呼び出したい時だけ呼び出して……。あんなことして。
「ちょっと!何それ!あなたが帰れって言っても、帰らないから。都合の良い時だけ利用して。あなただけズルい!」
何てこと言っちゃったんだろう。
どうして彼にはこんな強気なことしか……。
「わかった。とりあえず、入って」
彼は諦め、私をすんなり家の中へ入れてくれた。
そんなに体調悪いんだ。
ベッドにポスっと座ったかと思うと
「ごめん。今、美月、大変な時だろ?働きだしたばかりだし。お前も疲れてると思って。風邪もうつしたくなくて。言葉が足りなかったな」
えっ?帰そうとしたのは、彼なりの優しさだったの?
なのに私は……。
彼らしくなく素直に伝えてくれたのは、本当に具合が悪いからだよね。
「私こそ……。ごめんね」
「いや、いい」
そう言えば、顔赤い。
彼はそのままベッドに横になった。
「あー。久し振りに風邪ひいた。辛い」
加賀宮さんでも弱音とか、吐くんだ。
早く元気になってほしいけど、素直なところとか、そのままでいてくれればいいのに。
「ねぇ!着替えなよ。ワイシャツより、楽な格好になった方が良いよ?」
彼は相当怠いのか、仕事から帰ってきたままの上着を脱いだ状態で寝ている。
「面倒……」
恐る恐る彼に触れる。
「熱い。体温計どこ?薬は飲んだ?」
解熱剤飲んだなら、下がっても良いはずだけど。
「体温計はどっかに……ある。薬は飲んでない……」
部屋を見渡すも、体温計の場所がわからない。
薬は机の上にあるけど。
「ご飯も食べてないんでしょ?」
「うん」
「ご飯、うどん作るから待ってて。あっ、寝てても良いよ。そしたらちゃんと薬飲んでよ。スポドリも買ってきたから、飲んで。近くに置いとくから」
ご飯食べてから薬を飲んで、ゆっくり休んだ方が良いよね。
「わかった。てか、飯……。作ってくれんの?」
彼はまだぼんやりと目を開けている。
「簡単なモノになっちゃうけどね。ほら?ちょっと冷たいよ」
私は頭の下に氷枕を置いた。
「冷たっ!」
子どものような反応に、可笑しくて笑ってしまう。
「じゃあ、ちょっと待ってて。ご飯作ってくる」
「わかった」
私は狭いキッチンに立つ。
そういえば、《《加賀宮さんのためだけ》》にご飯作るの初めてかも。
…・――――…・―――
「そんなところで何してるの?」
ここは……。
なんだ、過去の夢か。
幼い頃の俺は、公園の遊具として設置されているトンネルの中に入り、膝を抱えていた。
トンネルの先、明るい光が漏れているところから、声をかけてくる女の子が居た。
話す気力もない。
誰とも関わりたくなくて、その子の問いに答えなかった。
しかし――。
<ゴロゴロゴロ……>
空腹のためか、腹の音が鳴った。少し恥ずかしい。
「ねえ、お腹空いてるの?」
返事をしない俺に、その子はまだ話しかけてくる。
まぁ、いいか。
何も言わなかったら、どっかに行くだろう。
家に帰りたくない。
帰ったらどうせまた《《あんなこと》》される。
ここで時間を潰しているのが、一番の平和だった。
どのくらいの時間、そこに居ただろう。
考えることもなく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
その時、近くで人の気配がした。
チラッと相手を見る。
「はいっ!半分こしよ?私のおやつ、持ってきた!」
先程の女の子がすぐ近くに居た。
はいっと差し出されたのは、菓子パンだった。
本当は甘えたくはない。
が、空腹に耐え切れず、パッと女の子の手からパンを奪い取るようにして受け取った。
「これ、美味しいでしょ?私の好きなパンなの」
俺の態度など気にしない様子で、彼女は微笑みかけてくれた。
「おいしい」
ただ一言、返事をしただけなのに
「うん!おいしいね!」
目をまん丸くして、女の子はへへっと声を出して笑ってくれた。
それからその子と仲良くなった。
「私の名前は、美月《みつき》だよ!」
自分から名前を教えてくれた。
俺は引っ越してきたばかりだったが、美月は昔からこの公園の近くに住んでいるらしい。歳は二歳ほど俺の方が上だと言っていた。
「迅くん、みーつけた」
俺がいつものトンネルの中に居ると、美月は必ず声をかけてくれる。
そして
「一緒に食べよ?」
自分の家から持ってきたであろう、食べ物を分けてくれる。
俺が無言でいても
「あのね、今日は小学校でねー?」
必ず今日の出来事を話してくれる。
最初は煩わしいと感じていたその話も、今では可愛いと思えてしまう日課になっていた。
ーーそんな時だった。
俺はいつものように公園のトンネルの中で時間を潰していた。
外から美月ともう一人の女の子が言い争っている声が聞こえた。
「なんでそんなこと言うの!」
美月が珍しく怒っている?
「だって言ってたもん。うちのお母さんが、あの子とは話さない方が良いって。お父さんが悪いことしているから、仲良くすると危ないって!」
あの子とは俺のことだよな。
どうせみんな離れて行くんだ。
父さんが家に居る時は、お酒を飲んで怒鳴ってばかり。
本当のお母さんはそのせいか毎日泣いてた。
そして「ごめんね」ただ一言俺にそう伝え、帰って来なくなった。
母さんがいなくなって、違う女の人が家に居るようになった。
父さんから「新しいお母さんだ」紹介されたが、お母さんとは思えない。
新しいお母さんをキッカケに、この町に引っ越して来た。
「迅くんは優しいもん。私の話、いつも聞いてくれるし。だから私は、これからも迅くんと遊ぶの!」
しばらくして彼女は何食わぬ顔をしていつものように
「迅くん、遊ぼ!」
トンネルの中に入り、俺の隣に座り、話しかけてきた。
「俺と遊ぶと他の子に虐められるよ。だからもう《《ここに来るな》》」
美月の顔が曇った。
「なっんで……?そんなこと言うの……。私、迅くんと話すの楽しい。おやつ、半分こするのも好き……なのにっ」
彼女は俺の前で涙を流した。
「おいっ、泣くなよ」
女の子を泣かせてしまったのは、この時初めてだった。
「じゃあ、これからも遊んでくれる?」
ヒクヒクっと一生懸命涙を堪えながら、美月は目を擦っていた。
「わかった。美月の好きにしていいから。だから泣くなよ」
俺がそう声をかけると、美月はパッと表情を変え
「うん!」
そう言って、俺の腕に抱きついた。
「ちょっと!」
なぜ自分が美月からそんなに懐かれたかわからない。
でもその時の俺にとっては、美月の存在が救いだった。
ある日、公園で二人で過ごしていると、大型犬が公園の中に走ってきた。
飼い主はいない。
首輪は付いているから、離れちゃったのか?
悲鳴をあげながら逃げ惑う子どもたち。
犬は興奮しているのか、子どもを追いかけ回している。
「美月、高いところへ逃げよう!」
俺は彼女の手を引いて、逃げようとした。
「うんっ!」
近くのジャングルジムへ登ろうとした時だった。
慌てていたため、彼女が転んでしまった。
そこへ、俺たち目掛けて犬が走ってくるのが見えた。