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「突然の土下座はなんだ?」
部屋に来た渚は、仲間さんに勧められたという新作スイーツを手にしていた。
彼がそれをテーブルに置くのを待って、蓮はラグに手をつき、額もついた。
「結婚初夜のあれか。
三つ指ついて、よろしくお願いしますっていう」
なんでそうなるんですか、と顔を上げ、蓮は言った。
「すみません。
この間から、誰かにつけられてる感じがしてたんですが。
どうも、和博さんだったみたいで」
「……お前の婚約者とかいう男か」
「そうなんです。
たぶん、私のことを誰かに調べさせたんだとは思うんですが。
みんな、和博さんに騒ぎを起こされても困るので、適当に伝えて、はいはい、って流してるみたいで、かえって、ややこしい感じに」
どんだけ周りに信用されてないんだ、その男……と渚は呟いていた。
「いや、渚さんとは対極に居る人ですよ。
でも、あれで結構情に厚くて、涙もろいところもあるので、一部支持している人たちも居るみたいで。
私との問題でややこしいことにならないよう、周りが気を配ってくれるみたいなんですが、本人まるでわかってないらしくて」
今日、ついに乗り込んできたんです、と告げる。
「最近、実家の行事のときとかにも会わないようにしてたからかも」
と呟いた。
「それで、なにか渚さんに、これから面倒かけるかもと思って」
そう言うと、渚は溜息をつき、
「お前も別にその従兄弟のことが嫌いなわけじゃないんだな」
と言ってくる。
「え?」
「切り捨てたり、爺さんに言いつけようって感じじゃないから」
「んー、まあ、そうなんですよ。
言ったじゃないですか。
莫迦な兄みたいなものだって。
だから、なんとか穏便に騒ぎを収めたいんですけど」
でも、困ったことに、と蓮は眉をひそめる。
「どうも、脇田さんを私の彼氏だと思ってるみたいで」
「なんでだ」
さっき、傘に入れてもらって送ってもらった、と言うと、
「……その莫迦兄貴より、脇田の方が安心ならんな」
と呟いていた。
「おい。
今から、電話して、和博とやらに、お前の恋人は俺だと言っておけ」
と言い出すので、なんでですかっ、と叫ぶ。
「いや、脇田さんは違うとは言いますよ。
なにかあったら、申し訳ないですから。
でも、渚さんの名前を出したら、必ず、渚さんにご迷惑をおかけしますよ」
と言うと、どんな男だ、と呟いていた。
「まあ、俺は大丈夫だ。
その和博とやらが、俺に近づいたら、逆に捻りつぶしてやるから」
と渚は不敵に笑う。
確かに。
渚と和博では、ライオンと仔犬。
下手したら、ライオンとねずみくらい格が違う。
だが、ライオンもねずみに噛まれて痛くないはずはない。
忙しい渚に、自分のことで、迷惑などかけたくはなかった。
「まあ、心配するな」
と渚は蓮の頭を叩いたあとで、
「つまらん告白が終わったのなら、食え。
仲間さんお勧めの新作スイーツだ」
と蓮を見下ろし、フルーツと生クリームたっぷりの抹茶のババロアを指差す。
「あ、ありがとうございます。
でもあの、どうも、もうひとつ、告白しなければならないことがあるみたいで」
とごにょごにょと言うと、
「みたいでって、なんでだ?」
と言われる。
「いえ、私としては、特に問題はないと思ってるんですが。
その、和博さんがおかしなことを言ってくるかもしれないし。
脇田さんが、それは自分の口から言った方がいいよと言うので」
と言うと、
「また脇田か」
と腕を組み、渋い顔をされる。
「いや、その、たいした話じゃないんですよ。
前の会社で、課長代理をしていた人の話で……」
「……課長代理?
幾つだ」
「えーと、三十五くらい?
もうちょっと若かったかな?
知りません」
本当に知らなかったので、そう言うと、
「……イケメンか」
と訊いてくる。
「まあ、人はそう言いますね」
「俺とどっちが?」
だから、自分で自分をイケメン枠に入れるなと言うのに、と思いながらも、
「そりゃ渚さんですよ」
と迷いなく言う。
100%渚の方が格好いい、と自分では思っていた。
未来辺りに言うと、ケッとか言われそうだが。
「……もしかして、会社を辞めるきっかけになった、ビールをかけた上司って言うのは」
「その課長代理です」
揉み手をして笑ってみせたが、まだ、なにも説明していないのに、そこにあったお盆で頭をはたかれた。
「なんでですかーっ」
と頭を押さえて叫ぶ。
「お前、絶対、その男となんかあったろーっ」
「なにもありませんよっ。
貴方以外の人となにもなかったのは、貴方が一番よくご存知でしょうっ?」
と言ってやったのだが、
「キスくらいはしてても、わからないだろうがっ」
と言ってくる。
「……ま、まあ、それはそうですが」
と苦笑いして、言いよどむ。
「まあいい。
俺もそこのところは追求したくない」
と渚は腕を組んで、渋い顔をする。
「お前の過去をほじくって、余計なことが出てきたら、お前とキスした男、肩を組んだ男、手をつないだ男、全部射殺して歩きたくなるから」
「その基準だと、幼稚園の同級生、全員撃ち殺すことになりますが」
と言うと、また、盆で叩かれた。
何処まで本気だ、と言われて。
いや、それは、貴方ですよ、と思っていた。
高校でも、キャンプファイヤーで肩を組んだりしましたが、と思ったが、余計怒りになにかを注ぎそうなので、やめておいた。
「ほんとに関係ないんですよ~。
ちょっと呑み会の前からゴタついてはいたんですが、直属の上司だし、我慢してたんですよ。
そしたら、みんなの居る前で、私の仕事なんて、所詮、お嬢様のお遊びだとか、ミスしても、親の威光で見逃してもらえるとか言い出して。
もう頭に来て。
そんなの言われたの、初めてじゃないですよ。
でも、あの人に言われたから、頭に来たんですよっ」
信頼してたのにっ、と蓮は今更ながらに悔しくなり、地団駄を踏む。
「ずっと私の仕事ぶりを褒めてくれて、かばってくれてたのに。
なんで、あんな突然、牙をむくみたいにっ」
熱く語る自分とは対照的に、渚はソファにどっかりと座り、冷ややかにこちらを見ていた。
「な……なんなんですか?
貴方も所詮、私の仕事なんて、お嬢様のお遊びだと思ってるんですか?」
「いや、お前はよくやってるよ」
と言う口調が冷たい。
「ともかく、なんで急にそんなになったのか、さっぱり……」
わからないし、と言う前に渚が言った。
「お前、和博と婚約したのはいつだ?」
「は?
正式に婚約したわけではないですが。
勝手にそんな話が出たのは……」
「その呑み会の頃じゃないのか?」
蓮は少し考え、
「一ヶ月くらい前ですかね?」
と言う。
「その頃からじゃないのか。
その課長代理がお前に冷たくなったのは」
「……そうかもしれませんが、それがなんの関係があるんですか」
ぽん、と渚は軽くお盆で頭を叩いてくる。
「今のは俺からじゃない。
その課長代理からだ。
恋敵だが、さすがにどうかと思うので、叩いておこう。
……ところで、その男は今でも独身か?」
「そうなんじゃないですか?
いや、知らないですよ」
と言うと、
「わかった。
じゃあ、もうこの話は此処までにしよう」
と言ってくる。
「お前が俺を嫉妬させて、盛り上げようというというんじゃないのならな」
と突き放したような目で見られた。
「違いますよ、もう~っ」
和博さんと婚約したから、課長代理が怒ったとか意味がわからないし。
夜中に目を覚ました蓮は、ふと、渚の言葉を思い出し、考えていた。
信頼していた人間に、いきなり人前で罵られ、裏切られたことは今でも心の傷だ。
「……なに考えてんだ」
寝ていなかったのか、目を覚ましたのか。
背中の方から渚が訊いてくる。
「いえ、課長代理のことを考えてま……
なんで首絞めるんですかーっ」
と背後から首に手を回してくる渚を振り返った。
「もう終わったことだろ、考えるな」
「だって、渚さん。
私、仕事でやっと頑張れたってときに、信頼してた人間から、あんなこと言われて、すごいショックだったんですよっ」
「和博は突然、お前と婚約したいと言ってきたと言っていたな。
その課長代理の話とかしてたんじゃないのか?」
「ああ、してましたね。
すごい頼りになる上司が居るって」
「それが原因だろうが」
と首を絞めてくる。
死にますっ、死にますっ、とわめくと、
「和博はその課長代理に会ったことがあるのか?」
と訊いてきた。
「ないはずですが。
そういえば、さっき、妙なことを言ってましたね」
『こいつは、あの課長代理より、諦め悪いかな?』
「ちょっと私とのことを疑ってる風ではありましたが、まさか、本人になにか言いに行ってたとか?」
と苦笑いして言う。
「蓮は俺と婚約してるんだから、諦めろとか言いそうだな」
ああ、と蓮は苦笑いする。
そういう騒動があったから、今回の渚とのことは、和博にあまり伝わっていないのかな、と思った。
今度は、他所の社長に向かって喧嘩を吹っかけたりしたら困るから、和博の周りの人間が詳しくは教えていないのだろう。
「てことは、お前、お前の嫉妬深い従兄弟も疑うくらいには仲よかったってことだろ、その課長代理と」
とまた首を絞めようとする。
蓮は、その腕をはたいて、言い返した。
「そういうわけではないです。
それに、渚さんの方が百万倍格好いいです」
そう言い切ると、さすがの渚も黙った。
「……お前の目はどうかしてるんじゃないのか?」
と言われ、
「はい。
いい方に」
と微笑み、見つめると、……阿呆か、と言い、今度は首は絞めずに、背中に手をやり、抱き寄せてきた。
本当だ。
私の目には、渚さんがぶっちぎり格好良く見えるし。
渚さんの体温が一番落ち着くし。
渚さんにされるキスが一番好きだ。
……とか言うと、また、他の男とキスしたことがあるのかという余計なツッコミが入るので、こういう愛の告白はできないのだが。
世の中には、自分が望まずともされてしまうときもあるんですよ、と思ったが言わなかった。