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「かんぱ〜い!」
同じメンバーである先輩、ぼんさんの溌剌とした乾杯の音頭が響く。
それを合図にガヤガヤと店内が一層騒がしくなり、その話し声の中にはおらふも混じっていた。
にこにこと人懐っこく無邪気に頬を緩ませるおらふの姿はこの場にとてもよく馴染んでいる。
だがそれは全て演技だ。
自分が悩みを抱えているなんてバレてしまったら、優しいみんなは心配するだろう。みんなの楽しい雰囲気を壊してしまうのが怖かった。
それに、自分の内に秘めたマイナスの気持ちを完全に抑え込み、全力で楽しめるほど完璧人間ではない。外側に貼り付けた笑顔を拒絶するように冷や汗が垂れ、口の端がぴくりと動いた。今自分はどんな顔をしているのか、しっかり笑えている自信はない。
目の前におんりーがいるのもだめだった。話すのは楽しい、会えて嬉しい。
気に入られようと取り繕って頑張った。その度に柔らかく頬を緩ませ此方に笑いかけるおんりーが可愛くて愛しくて、段々と腹の中の醜い花の種が芽を出し、花びらを広げる。
喉に溜まった不快な感覚はもうすぐそこまできていた。
我慢すればもう少しいられるだろうか。離れたくないと思って先延ばしていたのだ。
トイレに行ってくる、と席を立ち、奥のトイレへ足を進める。段々と進める足の速さが早くなっていく。花を吐いてしまう、早く、早く、早く早く早く。
周りの声が聞こえない程急いだ。
個室に入ると同時にガタンッ、扉に腕をぶつけ、ほんの少しの痛みが走る。ただ今はそんな事どうでも良かった。
何度目か分からない喉の奥から押し寄せてくる不快な感覚に、慣れずに唇を噛んだ。
ぅ、と小さく漏れた嗚咽と共にはらはらと口から花が舞い落ち、喉の不快な感覚から解放され、ほんの少しの痛みを感じた。間に合わなかった、零れた花を手で受けとめる。鼻を抑えたくなる花々の芳香に、反射的に眉を顰めた。
小さくため息を吐くと同時に後ろから声をかけられた。
「おらふくん…?」
頭が真っ白になって息が詰まった。
ぶわりと冷や汗が出て気持ちが悪いが今はそんな事どうでもいい。急ぎすぎてドアを閉めるのを忘れてしまっていた。おんりーに見られた。
花を吐いたばかりの喉は掠れていて、なんで、と嘆こうとする声のかわりにかひゅ、と空気が喉を通る音がした。
「…. ごめん」
捻り出した言葉は今の状況にはあまりにも的外れで、思わず笑ってしまいそうなほどに、か細く弱かった。
今おんりーの目にはどう映っているのだろうか。誰を思って吐いた花か、例え鈍感だとしてもきっとバレてしまうだろう。いつもだったら下手くそでも嘘を並べるところだが、謝ってしまってはもう遅い。
喉がじんと傷んで目の奥が熱くなった。
こんな状況で泣いてしまうなんて、どうして僕はこんなにかっこ悪いんだろう。
「それ、…花、」
引かれている、滲んだ視界に映るおんりーは眉を下げ、不安そうに自分を見詰めていた。
困った顔も可愛いなぁ、なんて頭の片隅で一種の現実逃避のような思考に陥る。
「ごめん、..僕、好きなんよ 」
おんりーの事が、と言おうと開いた口は、吐息が漏れただけだった。まだ怖かった、拒絶されるのが。
おんりーの瞳が揺れ、驚いたような顔をしている。
「俺も、…」
「すきだよ」と呟いたおんりーの声は、耳を済ましていないと離れた店内の音に掻き消されてしまうほどにちいさかった。
恐る恐る、おんりーの顔を見て「あぁ、」と声が漏れた。
それは好きな人を見詰める顔とは到底思えなかった。眉を下げ、不器用に無理やり口の端を上にあげてるのがわかる。
かひゅ、と喉がなった。頭ではきっとこうなると分かっていた。わかっていたけど、壊れかけていたこの心に、それはあまりにも辛かった。
げほげほと咳が止まらない。はらはらと花が出てきて止まらない。頭が痛い、喉が痛い、胸が痛い。
「え、な、..ッなんで、」
焦るおんりーがこちらに足を進める。
こんなにも困らせているのに、更に困らせてどうするんだ。
急いで花を処理し、店を飛び出した。
これ以上一緒にいてはいけない。迷惑をかけたくなった。