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#恋愛
水無月 京
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彼の真意は理解できなくとも、打ち合わせの時間をもらうお墨付きをもらえたのは正直助かった。直接聞いた方が早いのは間違いないから。
「失礼しまーす、ってあれ」
事前にガラス越しに個室を確認せず、ノックと同時に部屋の中に入り込めば、立派なデスクとその上に鎮座するパソコンが主人の帰りを待っていた。
「いないのか」
トイレ休憩かな?
直前まで別件の打ち合わせをしていたし、私の用事は20分もあれば十分だから。私も自分のパソコンを広げて、今からの打ち合わせで必要なファイルを呼び出して待つことにする。
「あれ、遅くない?」
そこからさらに5分が過ぎ。
豆さんが会議に遅刻するのは大体前の予定が長引いた時だけで、基本的にスケジュールは全て頭に入れていて動いている人だ。
珍しいな…?
なんとなく気になって、リフレッシュがてら彼を探そうと立ち上がる。
雨が降る日の夕方は、心なしかオフィスにいるメンバーも少ない。ぐるっと見渡してみても、それらしい人影は見当たらなかった。
「じゃあもう喫煙室一択じゃない?」
秘書の勘というべきか、豆さんは喫煙室にいる気がする。時々喫煙家メンバーが行方不明の時、捜索のために足を向けるけれど、その経験も数回ほどで、いまだに慣れない道のりだ。
照明がやや絞られて薄暗い廊下をゆっくり歩く。この廊下の先には倉庫と喫煙室しかないが故の措置なのだろうか、この暗さはちょっと不気味だ。
「あ」
薄暗いとはいえ、喫煙室の扉の窓から中の様子は見てとれる。そして、そのガラス越しに見えたのは、紛れもなく豆さんだった。
ただし、壁に背を預け、天を仰ぐようにして立っている姿にいつもの精悍さはなく、目を閉じているその表情には影がさしていた。
多分、今彼は誰にも見られたくない状況なのでは、と察するけれど。ここでじっと待っていることも得策ではないから。
意を決して、扉に手をかけて開ける。目が合わないように、斜め下を向きながら。敢えて、ヒールの音をコツリと鳴らして室内に踏み込めば、充満する煙が鼻腔をあっという間に満たして。
そして、一瞬の間を置いたのちに。
「あ、弓家さん来てくれたの」
いつもの姿に戻る猶予を渡したはずなのに。
それに気付かぬ彼ではないはずなのに。
顔を上げればやっぱり疲れの色が濃くなって、苦笑いする豆さんがそこにいた。
彼の顔は、なぜか泣いているようにも見えた。
この時ほど、掛けるべき言葉に迷ったことはない。
「見つかっちゃったね」
恥ずかしいな、なんて言いながらもそこに焦る態度はまるでなくて。緩慢な動きで壁から頭を起こす。
「大丈夫ですか」
口から出たのは、何一つ意味も持たない言葉で。自分の無力さにがっかりしながらも、かけるべき言葉も見つからなくて。
「うーん」
「いや、全然大丈夫じゃないですねこれは」
「そう見える?」
ちょっと疲れちゃったなー。
ごめん、すぐ戻らないとね。
「私の相談内容はたいしたことないんで大丈夫です」
「大丈夫なわけないでしょうが」
弓家さんいないと俺の事務処理全部止まって死ぬもん。そう言いながらにっこり笑う顔も少し痛々しい。
その姿を目にして、私の中に突如として湧き上がってきたのは怒りだった。もはやブチギレたと言っても良い。
「豆さん、なんでこの会社でコンサルなんかやってるんですか」
ブチギレた割に出てきた声は低く冷静で、でも頭の中はパニックで。豆さんもあっけに取られた顔で私を見つめている。
恥ずかしさもある。口に出した後悔もある。それでも目の前の大切な人の様子を見ていれば、言葉を止めることはできなかった。
「豆さんはこれだけ優秀で、どうせどこの会社からも引っ張りだこなんでしょう。こんなに疲弊してしまうくらいなら、もっと気苦労しなくて済むところに行きませんか」
あまりに突拍子も無い提案に、喫煙室には静寂が広がる。その重さに耐えきれなくて、「つ、着いていきますよ…」と一言追加して、審判を待つ。
「…面白いこというね、弓家さん」
数秒後に聞こえた言葉にはあまり抑揚がなくて。
どういう意図なのだろうと恐々と顔を上げれば、そこには困ったような笑顔を浮かべる彼がいた。
「あの…」
「そういうこと、遠回しに言って心配してくれる人はいるんだけどね、ダイレクトに忠告してきた人は初めてかも」
少しだけ活力を宿したような笑顔を見せつつ、肩をすくめる豆さん。
「す、すみません。出過ぎた発言で」
「んー。全然。やっぱ弓家さんとおしゃべりするのは面白いわ」
どうしたらいい、と今更ながら自分の無鉄砲さに頭を抱えていれば、豆さんはにこやかに立ち上がった。
「俺がコンサル続けてるのはね、この国を良くしたいからですよ」