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「その人、達也さん。実力はどうだったの?」
大病を抱えた自分の話より、俺の話に向けてきたことに驚きつつ。その問いにアイツの作品を思い返していった。
「まあ、悔しいが、アイツの実力は本物だった。とにかく人間を観察してる奴でな、登場人物の表情とか、仕草とか、行動とか、生きてる人間見せられるのかと錯覚するぐらいに上手くて。台詞回しとか関わり方とか見せられてくうちに、こいつら応援してぇなとか思わせてくるんだよな。物語は主人公たちの話なんだからよ、やっぱ登場人物が大事なんだよ」
俺には足りないとされていた登場人物たちの魅力を、アイツは充分過ぎるぐらいに描写出来ていた。
悔しいが、勝てねぇんだよ。
俺はアイツが作った登場人物に、憧れていたんだから。
「そっか、一度読んでみたかったなぁ。……それでさぁ」
こいつはそんな俺の姿にクスクスと笑い、少し表情を戻したかと思えば、公募経歴、投稿サイトの閲覧数やフォロワー数はどちらが多かったのかを聞いてきた。
「まあ、それは……」
途端に俺まで、表情が崩れてきちまう。
アイツがいつも、口にしていたことだった。
そんなのが顔に出ちまったのか、何かを察したかのように目を閉じたこいつは、また開いて俺を柔らかな目で見つめてきた。
「勿論、作品の質はそれだけでは評価出来ないよ。だけどね、そうゆう目に見えるものは分かりやすいよね? 私が達也さんの立場だったら筆折るかも……」
「……はぁ?」
「だって身近に、こんなすごい人がいるんだよ? 執筆は実力世界だから、どれほど頑張っても振るわないこともある。努力では埋められない差も、あるからね」
眉を下げて、ははっと笑うこいつの姿はどこか苦しげで、その姿がアイツと重なっていった。
「俺が、達也の筆を折らせ、た……」
『直樹には分かんないよ』
あの日、執筆ノートを見せびらかせた俺はアイツを問い詰めたが、返ってきた第一声がこれだった。
開き直る気かぁとキレて、罵詈雑言を浴びせ、それっきり。
アイツの気持ちなんか、考えたこともなかった。
「ごめんなさい、そう言いたんじゃなくて。達也さん、公募に挑戦する中で上には上がいると分かったから、書けなくなったんだと思うの。だから次はあなたの支えになりたいと、作品を読んでアドバイスしていた。だけどね、人間は弱いから。読むうちに、あなたの才能に嫉妬していったのだと思う。だから意地悪したくて、無茶苦茶なアドバイスして妨害しようとしたんじゃないかな? でも、あなたはそれに引っ掛からなかった、それは違うと否定出来た。結果、意固地になってあなたの筆も折ろうとしてきたんじゃないかな? もちろん酷いことだけど、理屈だけじゃ生きていけないからね」
こいつが見つめる先は雪が降り続ける窓で、細めた目からは今まで生きてきた人生の不条理さが滲んでいるように見えた。
理屈だけじゃ生きていけねぇ。それはこいつも……。
そう思ったから、俺たちの物語を書いたのか? あの研ぎ澄まされた感情を露わにする、難しい物語を。
「あのね。私、最後にもう一度だけ公募に挑戦したいの。あの日、藤城くんに言われてようやく立ち止まって、どうして書籍化したかったのか考えられたの。私ね、子どもの頃から入院ばっかで、外に出られなかったんだ。だから病院の本を読んで、毎日を過ごしていたの。物語ってすごいよね、本を読んでいる時は私は主人公で、外の世界で冒険してて、体も元気で、その時だけは病気の自分を忘れられたの」
「……自分を、忘れる」
「あ、変なこと言ったよね。忘れて……」
「違ぇよ」
同じこと考えているやつがいるんだって、胸が熱くなっただけだよ。
「一旦は完治して、でも小学校には馴染めなくて、一人本を読んで過ごしていたの。だけど中学生で再発しちゃってさ、私って何のために生まれてきたのかとか考えて、思ったの。私みたいな辛い思いをしている誰かを救える小説を書きたい、本にして自分が生きた証にしたい、生きた理由にしたいって」
凛とした目は、あの桜舞う並木道で見たものと同じで、こいつの想いはあの頃と変わってなんかなかったんだと伝わってくる。だけど……よ。
「なのに私ったら、人気作品なら書籍化出来るとか甘いこと考えてた。だけど、そのジャンルを愛していて、面白いものを書きたい、読んでもらいたいと考えている作家さんに勝てるわけないのにね。藤城くんの言葉で目が覚めたの、本当に失礼だったと。だから、また見てくれないかな? 私、今度は絶対に逃げないから」
「……お前、本当は三次まで通ってるよな? 俺が教える立場じゃないだろう?」
「えっ? あれぇ?」
「西条寺 華の名前で検索したら、文学賞に複数の名前を見つけた。どーして一次通過したことないとウソ吐いたぁ?」
その話を聞き明らかに眉を顰める姿に、意識的に隠していたのだと確信した。
「ごめんなさい」
「そんなこと言ったら、『お前の落選は、教えていた自分のせいだと俺が苦しむ』とか考えていただろう? バカだな」
そんなこいつの気遣いに気付かなかった、俺が。
「そんなことは……。でもね、実力は藤城くんの方が圧倒的に高いよ。だから、もう一度教えて欲しいの。私は、全てやり切ったと思いながら最期を迎えたいの」
こいつの言葉に、無意識に体がビクッと痙攣してしまう。
避けて話していたのに、どうしてこいつは。
「あ、ごめんなさい。お母さんから藤城くんに全てを話したと聞いていて、だから知ってて病室まで来てくれたのだと思ってて。ごめん、重いよね……」
突然早口になって「それよりね」と会話を変えようとする、どこまでも自分より相手を考える、お人好し。
ちげーよ、そんなこと口にすんなよ。……そんな運命、受け入れんなよ。
まただ、目も喉も痛くてしかたがねぇ。
「精神、保てるか?」
「え?」
ヒリつく喉なんかスルーして、俺は気持ちを伝えていく。
「落選は精神にくる。生きることを放棄したくなるほど、削られることもある。大体の人間は立ち直るか筆を折るかで割り切るが、今のお前はそれが命取りになるかもしれねぇ。覚悟、出来てるか? 作品にどれほどの熱量入れても簡単に落ちて、だけど別の奴は二次三次と上がっていって、そのうちに自分の価値すら否定されているような気が押し寄せてきてくる。お前なんか命削って書くようなもんなのに、そんなん向こうからしたら知らねーことだし、実力世界の中で強者たちと闘っていく。その覚悟だ」
俺の言葉にこいつは一瞬俯くが、顔を上げ真っ直ぐな目でこちらを見てきた。
「あるよ。だってあの投稿小説、殆ど読まれなかったけど、私全然気にしてないし、ピンピンしてるもん!」
ピースサインを作り、ニコッと笑いかけるこいつ。
だが少しだけ口角がピクついていやがって、本当バカだな。
「それは投稿サイト上では、あまり人気ねぇジャンルだからだよ。サイトと書籍は読者が違うだろ? だから刺さる奴に刺されば良いんだよ!」
どこまでも不器用な俺は言い方が遠回しで、悪態をつくことでしか話せなくて。
「あれ、慰めてくれるの? 藤城くん、やっぱり優しいねぇ」
「経験者だからだつーの! 俺なんて最初の作品閲覧者、達也だけだったんだぞ!」
「ウソっ!」
「ホントだよ、お前だけじゃねーから!」
「うん、ありがとう」
目尻を下げ笑ってくる姿に、俺は思わずこいつの前まで行き、その手を取っていた。
細い指先には確かな温もりがあり、こいつの生を感じながら、強く、強く握りしめていた。
突然の死を迎えた母さんの顔は、どこか悲痛な表情を浮かべていた。
今なら分かる。あの人と幼い俺を残して逝くことに、悔いがあったからだろう。
俺をこいつの元に|誘《いざな》ってくれたのは小説だった。
だがそれ以外にも、……亡くなった母さんが俺をこいつの元に導いてくれたような。そんなふうに思っちまう俺は、創作のやり過ぎなんだろうな。
でもよ、それぐらい夢見て良いだろ?
文学賞受賞して、奇跡的に病気も治って、十年二十年と何ごともなく生きられるなんて、そんな夢物語まで思ってねぇから。俺も覚悟決めたから。
だから、だからこそ、最後の物語を書こう。最後までやり切ろう。
たとえ成せなくてもいい。俺、全力でお前の力になるからよ。応援するから。
余命僅かな彼女の夢を。