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猪鬼《オーク》と言う魔物は、要するには二足歩行の猪だからな。例え魔物であってもその肉や毛皮は猪、すなわち豚の類である。
1体から取れる肉や毛皮の量も野生の動物と比べて多いので、食料調達や衣類の補充にとても役に立っているのだ。
私が|森猪鬼《フォレストオーク》達を丁寧に斃して氷漬けにしたのは、そう言った資源を品質のいい状態で回収するためだ。
森猪鬼ともなれば非常に大量の肉と毛皮が手に入る。集落であるならば尚更だ。
肉の味も良いとのことなので、これも幾らかブライアンのところに卸しておこう。きっと美味い食事を作ってくれるはずだ。
ただ、量がありすぎるためこのまま一度に卸してしまった場合、確実に値崩れが起きてしまう。
事情を説明して、冒険者ギルドには日を置いて逐次卸していくことにしよう。
森猪木から採取出来るものとして、一般に需要があるのは肉と毛皮なのだが、森猪鬼達の血液も残さずに回収しておく。
森猪鬼に限らず、魔物の血液は魔術具の作成や錬金術の素材として需要があるのだ。常設依頼にも魔物の血液の納品依頼が指定されている。
血頭小鬼《ブラッディゴブリン》の血液も魔物の血液なので需要があることはあるのだが、如何せん1体から回収できる量が少ないのだ。
血抜きにも時間が掛かるため、私は彼等を解体することなく始末した。
やはり血抜きには時間が掛かってしまうのだが、これはもう仕方の無いことだろう。それにいつぞやのワイバーンほど時間が掛かるわけでも無いのだ。
血抜きが終わるまでは、『我地也《ガジヤ》』で作った椅子に座って、未読の本でも読んで時間を潰すとしよう。
解体が終わったら、この場所も血頭小鬼達の集落動揺、『我地也』によって地中深くに埋めてしまおう。
大体2時間程で全ての解体作業が終了した。これで依頼は完了なのだが、まだ王都に戻ることはできない。
今回の依頼は、必要数討伐すれば良いと言うわけでは無いので、依頼主である村長に報告する必要があるのだ。
個人的に聞きたいこともあるしな。とにかく、依頼主の村まで向かうとしよう。
「も、もう討伐が終わったのですかっ!?」
「終わったよ。ギルド証を確認してもらえば、討伐数が記録されているから確認してみると良い。それだけの数を討伐できているなら、集落も壊滅していると判断しても問題無いだろう?」
「た、確かに…血頭小鬼も森猪鬼もとんでもない数が討伐されている…。あ、あぁ…ありがとうございます…っ!これできっと、奴等に命を奪われた息子や村の者達も浮かばれます…」
ギルド証を確認してもらい、集落を壊滅したことを納得してもらうと、村長は涙を目尻に溜めて私に礼を述べた。
正直に言うと、私は村人達に対してあまり同情していない。
依頼であるが故に私は魔物達を始末したが、彼等の話を聞いても憤りや憐れみを感じることができなかったのだ。
それというのも、血頭小鬼も森猪鬼も、この村に対して敵対感情を持っているわけではなかったからだ。
彼等は偶々数多く誕生し、集落を築けてしまっただけに過ぎない。
一応、彼等の集落を襲っている間も『広域探知《ウィディアサーチェクション》』によって集落内を細かく探索してみたのだが、どちらの集落も何者かの介入らしき痕跡などはまるで見からなかった。
本当に偶然が重なってしまった結果なのだ。だから、魔物達に悪意も無ければ邪悪さも無かった。本当にあの場所で生活していただけなのだ。
良く勘違いされがちなのだが、魔物だからと言って邪悪な存在というわけでは、決して無い。
産まれ方が他の生物と比べて特殊というだけであって、彼等もまた、この星に生きる生物の1つであり、私から見ればその分類は野生の動物と何ら変わりがない。
勿論、中には”楽園”に襲撃してきたドラゴン共や生前の”死猪《しのしし》”のような悪辣な者達もいるだろうが、それは人間や魔族も変わらないだろうからな。
私からしてみれば今回犠牲になってしまった村人達は、自然の摂理に飲まれただけなのだが、その家族はそうはいかない。
彼等は失った人々を愛していたようだし、例え生きるための食料としてとは言え、意図的に殺害されてしまったのだ。だから、彼等の怒りも、ごく当たり前なのは分かっている。
そしてそれは、魔物達も変わらない。
今回私が壊滅させた集落は、当事者たちにとって殆ど訳が分からないままに終わってしまった出来事だが、もしこれが彼等にも理解できる速さで行われたとなれば、当然怒りの感情をあらわにする筈だ。。
先程は村人達は自然の摂理に飲まれただけだと言ったが、私だって家の皆が何か巨大な力を持った存在に食料のために殺害されたなどと知ったら、怒るどころの話ではなくなるだろうからな。
善も悪も無い。ただ、人間達も魔物達も存外、同じように身内に仲間意識を持ち、愛情を持っているということだ。
だからこそ、それを破壊されてしまえば怒るのは当然なのだ。
互いに怒りの感情をぶつけないようにするのなら、お互いに不干渉でいるのが望ましいのだが、人間達も森猪鬼もお互いにお互いを食料にしているからなぁ…。
話が長くなった。
さて、報告も済んだし、村長に聞くべきことを聞いたら王都へ帰ろう。先の人間と魔物についての私の持論ではない。今回の依頼についてである。
うん。今回の依頼、私は村長に文句を言わなければ気が済まない。
「依頼が完了したのは良いけれど、村長。貴方に1つ聞きたいことがある」
「聞きたいこと、ですか…?」
「ああ、今回の依頼、何故”上級《ベテラン》”ランクで出した?数十体以上の血頭小鬼や森猪鬼の相手など、”上級”はおろか、”星付き《スター》”ですら厳しい筈だ」
そう。今回の依頼、”上級”冒険者が対応するにはあまりにも難易度が高い。成功率など1%も無いだろう。
当たり前の話だが、私の知る血頭小鬼や森猪鬼の対処法はあくまでも単体、多くても5,6体の戦闘を想定したものだ。
これらの魔物の集落の壊滅など、高々5~6人で構成された”上級”冒険者のパーティで対応できるようなものではない。
このレベルの魔物の集落を壊滅させる場合、それこそ騎士団が動いてもおかしくない事態だったのだ。私の見立てでは、この依頼は”二つ星《ツインスター》”相当の依頼だったと考えている。
仮に”上級”冒険者が5,6人の一行でこの依頼を受けて集落へと向かった場合、よほどランク以上の実力者でもない限り、全滅は免れなかったはずだ。
勤勉な冒険者ならば良い。
そういった者達ならば血頭小鬼や森猪鬼の危険度を理解しているから、そんな魔物達の集落の壊滅依頼など受ける筈が無いからだ。
だが、”上級”冒険者でも情報を集めない者達も中にはいるのだ。そういった者達がこの依頼を受けない、と考えるのは難しい。
徒に冒険者の命を失う事態は褒められた話では無い。特に、冒険者達の採取が財政に関与しているこの国では尚更だ。
何故、村長はこの依頼を”上級”ランクで発注したのだろうか?
「そ、それは…」
「まさか、後ろめたいことでもあるのか…?」
「ヒィッ!?」
いかん。つい、村長を問い詰める際に険しい目つきをしてしまったようだ。
元から睨んでいるような目つきをしている私が険しい目つきをしたら、怯えられてしまう。それだけならまだ良いが、最悪の場合、恐怖のあまり昏倒してしまうかもしれない。
村長に謝罪しつつ、表情をなるべく平静を保つようにしなければ。
「…済まない。脅すつもりは無いんだ。だがな、この依頼を仮に”上級”冒険者が受けていた場合、ほぼ確実に全滅していたよ?ちなみに、私はまだ”中級”ではあるが、貴方も私がただの”中級”冒険者だなどとは思っていないだろう?実際のところ、ギルドマスターからは私の実力は”一等星《トップスター》”相当と言われているんだ。だからここまで早く依頼を片付けられた」
「ト、”一等星”…!?」
「それで、どうして徒に冒険者の命を失わせかねない依頼を出したのか、教えてもらえるかな?」
村長の顔色は良くない。私に礼を述べていた時は一般的な肌色をしていたのに、今は血の気が引いてしまっているためか、青白くなってしまっている。
彼の流した涙が演技で無いことが分かっているからこそ、何か理由があると思うのだが、村長は答えてくれるだろうか?
3分ほどの沈黙の後、村長がようやく口を開いた。
「ノア様…。この村は貴女様から見て、どのように感じましたか…?」
「この村を見て、か…。一見すればのどかな村のようにも見えるけれど、気がかりはある。村人達は皆、貴方も含めてあまり食べることができていないね?」
「はい…。この村の作物は、備蓄できる量が領主様によって定められております…」
この村の人々は皆、頬がこけていた。十分な栄養を取れていないのである。
原因は領主によって定められた村の備蓄量のようだ。定められた備蓄量を上回ることは許されず、それ以上の収穫があっても、徴収されてしまうらしい。
しかも、例え備蓄できるほどの量が無くとも税の徴収は行われるため、不作の時は碌に食料を得られなくなる。
そもそもの話、定められた備蓄量が少なすぎるのだろうな。
もっと大量に備蓄できるのなら、こうまで食料に困ることなど無いだろうに、この村の領主は碌なものではなさそうだな。
これはあくまでも私の予想だが、村人達に最低限の食生活をさせて余裕を持たせないことで、反乱や独立の芽を潰しているのではないかと思う。
作物を備蓄できない分、村人達は密林に入り狩りを行っていたのだろうが、聞けば狩で得られた食料も税として徴収されてしまうらしい。とことん村人達に余裕を与える気が無いようだ。
まぁ、毎日税の徴収に来るわけでは無いので、その日食べられる量の食料を狩で取ってくるのがこの村の日常になっていたのだが、そこで血頭小鬼や森猪鬼の大量発生である。
狩りの成果も碌に得られないばかりか、狩りが出来る若い村人を失ってしまう事態に陥ってしまったのだ。
それ故に冒険者ギルドに魔物の討伐依頼を発注することになったのだが、ここで大きな問題が出てきてしまった。
報酬である。
冒険者ギルドに依頼を発注する場合、必ず報酬を用意する必要がある。
さて、碌に備蓄を溜めることのできないこの村に、高位の冒険者に依頼を出せるほどの余裕があるのか?
その答えが今回の依頼というわけだ。
この村に、”星付き”や”二つ星”に渡せる報酬を用意できるだけの余裕など無かったのである。
正直、こういった問題が発生した場合、最早冒険者に任せる案件では無い、と私は思うんだがなぁ…。
さっきも言ったが、”上級”ランクの魔物、しかも2種族分の集落の壊滅など、騎士団に頼った方がよっぽど確実だ。
この国は特に多数の騎士を抱えている国だ。しかも、彼等は国の有事の際のために”楽園”に向かわずに常時国に待機してくれているのだ。これだけの問題が起きれば、すぐにでも駆けつけてくれると思うんだが…。
その辺り、村長も分かっている筈だが騎士団を派遣してもらえない事情が何かあるのだろうか?
「村長、冒険者に報酬を払えないのなら、領主に報告して騎士を派遣してもらった方が良かったんじゃないのか?」
「ノア様は、この国に来てまだ間もないのでしたね。この国は騎士様を多く保有する国ではありますが、実のところこの村の領主様、ヘシュトナー侯爵様は、大の騎士嫌いでして…。騎士様への派遣依頼などはまずされることがありません…。勿論、侯爵様にはこの度の事態を報告いたしました…。ですが、帰って来た返答は金貨3枚と、その金で冒険者に討伐依頼を出せ、というものでした…」
そう言うことか。
依頼のための資金を用意するだけまだマシなのかもしれないが、その程度の金額では王都までの移動費用や冒険者ギルドへの仲介料も含めて、”上級”冒険者の最低限の報酬ぐらいにしかならないんじゃないだろうか?
ちなみに、”上級”冒険者の報酬の相場は大体金貨1枚前後である。これが”星付き”になると報酬金額が更に数倍~数十倍に跳ね上がり、”二つ星で”金貨200枚前後、と桁外れの金額になっていく。
私にはあまり関係ないかもしれないが、”三つ星《トライスター》”や”一等星”では更に報酬金額がとんでも無いことになってくる。
一般の人間が依頼を出す場合の相場はこの報酬金額なのだが、貴族が依頼を出す場合、その財力を誇示するために相場の倍以上の報酬を用意するのが暗黙の了解となっている。
そう考えると随分とケチな領主だ。というか、起きている問題を随分と軽視していないか?自分の領地だろうに、あまり関心が無いのだろうか。
とにかく、ランクと釣り合わない依頼が発注された理由は分かった。これは、マコトに報告しておいた方が良いだろうな。
彼の仕事を増やしてしまうことになるが、放置して取り返しのつかない事態になるよりかはマシだろう。
「事情は分かったよ。領主が悪いと村長も大変だね」
「ノ、ノア様、このことは…」
「ん?あぁ、貴方やこの村にとって悪い様にはしないよ。報告するにしてもギルドマスターに直接報告することになるだろうしね。私としては、彼の仕事をあまり増やしたくないのだけどね…」
「ギ、ギルドマスターと直接面会が…?」
「私の実力が”一等星”相当だとギルドマスターから言われた、と言っただろう?直接会って話をする機会でも無ければそんなことは言われないよ」
「そ、そうですか…」
「何にせよ、依頼は片付いたし、集落の住居も解体してあるから、あの場所で野良の血頭小鬼や森猪鬼が住み着くことも無い筈だ。今後は、今まで通りとはいかないかもしれないが、狩りを行えるよ。それじゃあ、私はそろそろ行くよ」
「ノア様…。改めて、今回の依頼を引き受けて下さったこと、誠にありがとうございました…」
改めて村長から礼を述べられた後に、村から出る。
痩せこけてしまっている村人達に何か施してやりたい気持ちが無いわけでは無いが、私が彼等に施しをした場合、それが原因で私の情報がヘシュトナー侯爵の耳に入りかねない。
そうなった場合、ほぼ確実に私に面倒事が降りかかることになるだろう。
村人達には申し訳ないが、ここは何もせずに立ち去らせてもらうことにした。
それにしても、騎士嫌いのヘシュトナー侯爵、ね…。
その名前、憶えておこう。この貴族、どうにも厄介事を私に運んでくるような気がしてならない。
私にとって害悪となるのならば、場合によっては排除する必要があるだろうな。
さて、村を出てから10分ほど。今は王都へと軽いジョギング感覚で帰っている最中である。
私の感覚でのジョギングだからな。当然、人間がおいそれと出せるような速度ではない。
それは別にどうでもいいのだが、王都へ戻っている途中、何やら物騒な音が聞こえてきたのである。
金属が擦れる音、同じく金属がぶつかるような音、爆発音、魔物の咆哮、人の掛け声、怒号。
これは人と魔物が争う音、戦闘音だ。
場所は2キロメートルほど離れている。再び王都から離れてしまうことになるが、私の足ならば大した問題では無い。物騒な音がする方へ駆け出した。
それというのも、私が聞き取った人物の声が聞き覚えのある声だったからだ。
魔物と戦闘をしていた者達は、私が人工採取場の入り口で『清浄《ピュアリッシング》』を掛けた5人の”中級”冒険者達だったのだ。
王都へ帰り道に魔物と遭遇しないとは限らない、とは確かに思ったが、まさかこうも狙ったかのように彼等が魔物に遭遇してしまうとは。
まったく、当たって欲しくない予想というものは、つくづく当たってしまうものだな。嫌になってくる。
私の行動は既に決まっている。私は彼等に対して既に愛着が湧いてしまっているのだ。助けないと言う選択肢は無い。
いかん!盾役を務めていた彼等のリーダー、ベアーの盾が破壊された!このままでは重傷を負いかねない!
「あ゛ぁーっ!?銀貨一枚した盾がぁーっ!?」
「ベア兄っ!盾より自分の腕の心配してっ!」
「ベアーッ!一旦下がれっ!俺が何とかするっ!」
「ジーン!?無茶だっ!ベアーでも防ぎきれないんだぞっ!?」
「受けて耐えるだけが盾役じゃねえだろっ!?何とか攻撃を躱して凌ぐっ!」
盾が破壊されたと同時に腕を負傷してしまっている。その間にジーンと呼ばれた獣人《ビースター》の冒険者が盾役を引き受けたようだが、彼の装備は動きやすさを優先しているためか非常に軽装だ。
彼は相手の攻撃を回避して引き付けるつもりのようだが、対峙している魔物の身体能力から考えると、難しいだろうな。
彼等が対峙しているのは”中級”相当の魔物だ。
“初級《ルーキー》”から昇級したばかりの彼等では、仮に万全な状態であっても苦戦するような相手だ。まして彼等は討伐依頼を終わらせてから帰還中の身である。彼等だけでは勝ち目は薄い。
というわけでジーンが魔物の攻撃を受ける前に終わらせよう。
こういう時に違和感が無いのは、やはり魔術だな。
冒険者達が対峙している魔物の真下から『我地也』によって巨大な薄い岩の板を高速で隆起させて魔物の首にぶつける。
岩の縁は刃のように鋭利にさせているため、魔物の首は容易に切断された。所謂、逆ギロチンである。
「えっ…?な、何が起きた…?」
「良く分かんないけど、助かったってことで良いのかな…?」
「ぐ、ぐおぉぉぉ…。助かったと思って気が抜けてきたら、急に腕が痛み出してきやがった…」
「ベアー、それ多分折れてるから、ちょっとじっとしててくれ。応急処置ぐらいならできるから」
とりあえずこれで良し。だが、彼等が再び魔物と遭遇しないとは限らないからな。ここは一緒に帰るとしよう。
「貴方達、災難だったね。治療はいる?」
「あ、ああっ!?あ、貴女はっ…!!」
「めがみさまっ!!」
うん。女神じゃないよ?