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参拝を終えたあと、おみくじを引いた。
「大吉です!」
白石さんは無邪気に喜んでいる。
僕は小吉だった。
「『慎重に行動せよ』……か」
「ふふ、春川さんらしいですね」
参道でお団子を食べ、甘酒を飲む。
しばらく歩いたあと、彼女がふと思い出したように言った。
「このあと、時間あります?」
「はい。特に予定は」
「じゃあ……温泉、行きませんか?近くの日帰り温泉に、岩盤浴があるみたいで。カップルで入れるところ」
「……いいですね」
***
温泉施設は、落ち着いた雰囲気だった。湯上がりに館内着へ着替え、食事処へ向かう。
浴衣姿の白石さんは、髪をアップにまとめていて、晒された白いうなじがまぶしい。
「あ、牡蠣鍋ありますよ♡」
メニューを見るなり、白石さんの目が妖しく光った。
「牡蠣、好きですか?」
「はい……好きです」
鍋が運ばれてくると、
「いっぱい食べてくださいね♡」
彼女は迷いなく、僕の器に牡蠣を山盛りにした。
──優しい人だな。
そう思って、深く考えずに箸を伸ばす僕を、彼女は目を細めて眺めていた。
***
食後の岩盤浴エリアは、照明が落とされ、静かだった。
隣と仕切られた薄暗い半個室のスペースに、二人並んで横になる。
じんわりと、下から熱が伝わってくる。
距離が、近すぎる。
白石さんが寝返りを打つと、彼女の肩が僕の腕に触れた。
薄い館内着ごしに、彼女の体温が伝わってくる。
ちらりと横目で見ると、白石さんの首筋には玉のような汗が浮かび、艶っぽく濡れていた。汗を吸った岩盤浴衣の生地が肌に張り付き、彼女の身体の柔らかなラインを容赦なく拾っている。
「意識するな」と思うほどほど、意識せざるを得ない。
……落ち着け。ここは岩盤浴だ。神聖なデトックスの場だ。
「暑くないですか?」
耳元で小声で聞かれて、びくっとする。
「だ、大丈夫です」
自分の声が、少し上ずっているのが分かった。
彼女は、のんびりと伸びをして、僕のほうに少しだけ寄りかかり、くすっと笑った。
「無理しなくていいですよ。……我慢しすぎると、身体に毒ですから♡」
「っ……」
「そろそろ出ましょうか?」
休憩スペースに戻り、冷たい水を飲む。
やけに美味しくて、ようやく息が整った。
***
帰り道。夕方の風が、火照った身体に心地よい。
「今日は楽しかったですね」
彼女はツヤツヤの肌で、満足そうに言った。
「……はい」
神社の衝撃も、岩盤浴の緊張も、全部まとめて、なぜか心地よかった。
並んで駅へ向かいながら、僕はただ、隣を歩けることが幸せだった。この距離が、ちょうどいい。
近づきすぎず、踏み込みすぎず、ただ隣を歩ける今が、何より尊い。
——この時の僕は、まだ知らなかった。この穏やかで平和な距離感が、嵐の前の静けさだったなんて。