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第八十三話 始まりの駅
駅へ向かう道を、
二人はほとんど話さずに歩いていた。
第八十二話までに見つけた手がかりは、
すべてこの場所へ戻ってきている。
写真。
箱。
銀色のチャーム。
そして、事故の前日に交わした約束。
「……またここだね」
彼女が駅を見上げる。
「うん」
彼も立ち止まった。
以前ここへ来たときとは、少しだけ違って見えた。
あのときは、ただ「懐かしい場所」だと思っていた。
今は違う。
ここには、自分が忘れてしまった何かがある。
「写真の場所、覚えてる?」
「駅の裏のベンチ」
「そう」
二人はホームへ向かわず、駅の裏側へ回った。
そこには、以前見つけた古いベンチがある。
彼はベンチの前に立った。
「ここで……何か言ったんだと思う」
「事故の前日に?」
「うん」
彼女も隣に座る。
しばらく、何も起こらなかった。
電車が通り過ぎる音。
遠くから聞こえる人の声。
風に揺れる木の葉。
そのどれもが、記憶の中の景色と重なっていく。
彼は目を閉じた。
――晴れた空。
――隣にいる誰か。
――手の中の小さなもの。
『これ、どうする?』
誰かの声。
『持ってて』
『俺が?』
『うん』
「……」
彼はゆっくり目を開けた。
「何か思い出した?」
「少し」
「何?」
「俺、ここで何かを受け取った」
彼女が自分の手元を見る。
「箱?」
「違う」
彼は首を横に振る。
「もっと小さいもの」
そして、自分のポケットから
銀色のチャームを取り出した。
「これ……たぶん、このときだ」
彼女はチャームを見つめた。
「じゃあ、これをもらったときに何か言われた?」
彼は記憶を探る。
『いつか、分かるから』
その言葉が浮かぶ。
でも、それだけではなかった。
もう一つ。
もっと大切な言葉があった。
「……待って」
彼は目を閉じた。
「何か、続きがある」
静かに呼吸する。
すると、記憶の奥から声が聞こえた。
『いつか分かったら――』
そこで途切れる。
「……聞こえない」
「無理しなくていいよ」
彼女の声がした。
彼は目を開けた。
「ありがとう」
「ううん」
彼女は少し笑った。
その瞬間だった。
ベンチの下から、かすかな金属音がした。
二人が同時に振り向く。
「今、何か鳴った?」
「うん」
彼がベンチの下を覗き込む。
そこには、小さな金属製のプレートが落ちていた。
拾い上げると、表面にあの印が刻まれている。
そして裏には――
『ここでは、言葉を残さなかった』
「……言葉を残さなかった?」
彼女が読む。
「じゃあ、ここじゃない?」
「でも、ここでチャームをもらった」
「うん」
二人は顔を見合わせる。
すると、彼はふと気づいた。
「……駅の中じゃない」
「え?」
「写真を撮った場所」
彼は駅の反対側を見る。
「俺たち、ここからどこかへ移動してる」
事故の前日の写真。
駅。
店。
そして、建物。
すべてが一本の道でつながっている。
「じゃあ、言葉を渡す場所は……」
彼女が写真を取り出した。
その写真の端に、小さな看板が写っている。
二人は以前、その看板を見落としていた。
「これ……」
「何か書いてある?」
彼が写真を拡大する。
古い文字だった。
けれど、かろうじて読める。
『屋上――』
その先は写真の端で切れている。
「屋上?」
「この駅の近くに、屋上へ行ける場所なんてあったかな」
彼女が考え込む。
そのとき、スマホが震えた。
知らない番号からのメッセージだった。
『そこじゃない』
「……また?」
彼が画面を見る。
続けて一通。
『駅は、始まり』
そして最後に――
『言葉を渡す場所は、二人が最後に一緒にいた場所』
彼の表情が変わった。
「最後に……一緒にいた場所」
事故の日。
雨。
建物。
伸ばされた手。
そして、自分が戻ろうとした道。
彼はゆっくり立ち上がった。
「分かったかもしれない」
「どこ?」
「事故が起きる直前」
彼は遠くを見る。
「俺が最後に、あの人と一緒にいた場所」
それは、今まで何度も通り過ぎてきた場所だった。
事故現場そのものではない。
建物の裏でもない。
駅でもない。
その少し手前。
彼が事故の直前に見た、あの場所。
「……そこに行こう」
彼女も立ち上がった。
二人は駅を離れる。
その背中を、
誰かが遠くから見ているような気がした。
けれど、振り返っても誰もいない。
ただ、彼の手の中で
銀色のチャームだけが、小さく揺れていた。
コメント
1件
第85話読んだよ! 「始まりの駅」ってタイトルがもういいよね…。 駅の裏のベンチで記憶の断片を手繰り寄せるシーン、すごく静かで緊張感があって引き込まれた。「ここでは、言葉を残さなかった」っていうプレートのメッセージ、あれめっちゃ気になる…!結局「駅は始まり」で終わって、次どこへ向かうんだろ。最後のチャームが揺れる描写も好きだわ。次話楽しみにしてる🔥