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リフェアリー
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第三の村は、川の下流にあった。
木曽の村から、川沿いに八キロ。隣村からは、山を越えて十二キロ。三つの村が、三角形を作る。要は、地図を見て、そこに決めた。
下流の村の長は、七十近い女だった。名前は、聞いたが、村では「ばあさま」としか呼ばれていなかった。
「帳面を、預かれと」ばあさまは言った。
「はい。木曽と隣村の交換の記録を。一冊だけ。読まなくていい。書かなくていい。ただ、預かって、月に一度、僕が来たときに、見せてください」
「何のために」
「木曽の誰かが、木曽の帳面を書き換えても、ここの帳面は、変わらない。隣村の誰かが、隣村の帳面を書き換えても、ここの帳面は、変わらない。ここの帳面を書き換えるには、ここまで来ないといけない。八キロか、十二キロ。来たら、ばあさまが、顔を見る」
「わしが、顔を見る」
「はい。知らない顔が、帳面を見に来たら、覚えておいてください。それだけで、いいです」
ばあさまは、長い間、要を見ていた。
「それで、うちの村は、何を得る」
要は、答えを用意していた。
「次の交換から、三つ目の荷を、置きます。木曽の米と、隣村の味噌と薪と、ここの村の、何か。ここは、何がありますか」
「塩だ。川の下流は、昔から、塩の道だった。今も、少しは」
「塩」要は、言った。「冬に、一番、要るものだ」
ばあさまは、初めて、少し笑った。
*
その夜、要は、三冊のノートの表紙に、書いた。
『この台帳は、侵入される前提で作られている』
商店街の台帳の、裏に書いたのと、同じ言葉だった。でも、今は、その言葉の意味が、違っていた。
商店街では、まだ、守れると思っていた。三冊にすれば、守れると。
今は、違う。
守れない。一冊は、書き換えられる。書き換えられた。村の、怖い誰かに。次も、書き換えられる。三冊を三つの村に分けても、三つの村の、怖い誰かが、三人、手を組めば、書き換えられる。たぶん、ない。でも、絶対は、ない。
守れない前提で、作る。
書き換えられても、他の二冊と照らせば、わかる。わかれば、直せる。直した記録も、消さずに、残す。「百四十」の上に線を引いて、横に「百二十が正」と書く。嘘をついた記録も、嘘を直した記録も、全部、残す。
侵入されない仕組みではなく、侵入された後に、元に戻せる仕組み。
要は、それを、七年間、銀行で作れなかった。作ろうとも思わなかった。守れると思っていたから。検知して、止めて、戻せると思っていたから。
ゼロが、それを、一晩で壊した。
要は、ペンを置いて、つぶやいた。
「守るな。侵入されても、回る形にしろ」
つむぎが、顔を上げた。
「今の、何?」
「設計思想だ」要は言った。「僕の」
「設計思想」
「一人の記録を信じるな。一冊の帳面を信じるな。一つの村を信じるな。全部、裏切られる前提で、三つにする。裏切られたら、残りの二つで、戻す。戻した記録も、残す。遅くていい。重くていい。狭くていい。壊れない方が、偉い」
つむぎは、しばらく、黙っていた。
「それ、人間にも、言える?」
「人間?」
「一人を信じるな、って。全部、裏切られる前提で、って。それで、人は、生きられる?」
要は、答えに詰まった。
仕組みの話をしていた。人間の話では、なかった。でも、つむぎの言うとおり、仕組みは、人間が使う。人間が、「一人を信じるな」という仕組みの中で、生きる。
「……わからない」要は言った。「でも、一ノ瀬さんは、言ってた。嘘をつく人間が、必ずいる前提で、公正証書は作られてる、って。それでも、公正証書を作りに来る人は、誰かを信じたくて、来てる。信じたいから、仕組みが要る」
「信じたいから、信じない仕組みを作る」
「そう」
つむぎは、少し笑った。
「要さんらしい」
「褒めてない」
「褒めてない」
*
翌週の交換は、三つの荷になった。
木曽の米。隣村の味噌と薪。下流の塩。
峠の小屋に、三つの村から、人が上がってきた。三冊の台帳。三人の立会い。要と、ひかりと、隣村の孫。そして、下流の村から、ばあさまの、孫娘。四人目。
「四人になった」ひかりが言った。
「三冊は、三冊のままだ」要は言った。「立会いは、増えていい。多い方が、いい」
荷が、並んだ。同時に、置かれた。同時に、受け取られた。三冊に、書かれた。
一冊は、木曽へ。一冊は、隣村へ。一冊は、下流へ。
三つの方向に、三冊が、下りていった。
要は、空になった峠の小屋で、壁の板を見た。三つの印。今日、四つ目が、足された。ばあさまの孫娘の名前。
一つを削っても、三つが残る。
要は、ノートの隅の、ロードマップを見た。顔。三冊。割符。評判。手形。
次は、六つ目だ。
「証」
要は、小さく、書いた。まだ、形はなかった。でも、三つの村の荷が、同時に並ぶのを見て、要は、思った。
米と、味噌と、塩が、別々に動くのは、遅い。
三つを、一つの紙で、動かせたら。
コメント
1件
「侵入前提」の設計思想、めっちゃエモいっす……!😭💕 守ろうとするんじゃなくて、侵入された後に戻せる仕組みを作る、って逆転の発想に痺れた。つむぎとの「信じたいから信じない仕組みを作る」の掛け合いも深いし、4人目の立会いが増えて広がっていく感じにワクワクしました!次の「証」も楽しみすぎる〜✨