テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
どこからか流れてくるクリスマスソングに、はしゃぎ合う男女の声に、耳を澄ませる。
どこか落ち着かない、独特の空気。
(クリスマス、ねぇ)
……そんなもの、いつからか、特別ではなくなってた。
夢のように心躍るクリスマスは文字どおり親が作っていてくれた、夢の時間。サンタなんていないこと理解してからは。
欲しいものなんて待ってるだけでは、何も手に入りやしないと知った。
やがて、子供でなくなると、待っていたのは過ごし方を自分で選べるクリスマスだ。
基本的に、この時期彼女が切れたことなどない坪井は決まって女と過ごしていた。
だからと言って、先程から何度も目の前を通り過ぎてゆく恋人たちのように笑顔を見せ、愛し愛され満たされていたわけではない。
ひとりきりの寂しさや飢えがない代わりに……とでも言えばいいのだろうか。
まるで台本に描かれているように、お決まりのテンプレ。
それを、毎年別の女相手に繰り返しているだけのような、味気ないクリスマスだった。
それが、かろうじて坪井の頭の中に残っているクリスマスの思い出だ。
(マジで”かろうじて”なんだよね覚えてるの。普段のデートと何が違うんだよってバカにして、眺めてたくらいで。何も印象に残ってない)
もちろん、それはクリスマスに限ったことではない。誕生日やカウントダウン、バレンタインなんかもそうだったろうか。
……それらを特別視して独占したがる女の気持ちを理解できたことなどなかった。
なかったのに。
空を見上げてた、その目をゆっくりと、けれどキツく閉じた。苦しさを紛らわせるようにして吐息を漏らす。
(くっそ……勝手なもんだな。今更理解するのか)
……身勝手にも。今日という日に”特別”を感じて。想っててくれないかなと、願い、求めてる自分がいた。
(隣に、いなくても、どっかで俺のこと)
気にしていては、くれないかと。
特別な夜に、彼女の心を支配するものが。
(俺ならいいのに、とか)
こんなふうに、願う日だったのか。
想っては切なくなるような、特別な日だったのか。
知らなかった。
世の中の、クリスマス……いやイベントを特別視する人間たちの心理。
”その日”が大切なわけではないんだろう。
きっと、特別だと言われるその日。
愛しい人の心の中に存在していられるかどうか。
家族だって、恋人だって、友人だって、なんだって。
大切なのはきっと、そこなんだろう。
(お前のこと好きになって、知ってくことばっかりだよ、立花)
目を開けて、再び行き交う人たちを眺める。その中に、無意識にあの笑顔を探した。
いないとわかっていても、頭の中で穏やかな声が響いてしまって。
その声に安堵して力を抜くと、途端にどうしようもない虚無感が身体中を這って覆いつくそうとする。
まるで、真衣香が傍にいない自分になど、何の価値も見出せないと訴えるように。
「また……言ってくれないかなぁ」
いつだったかの、言葉を。
『隠さないで全部見せてほしいの』
無垢で、真っ直ぐで、ひたむきな声が。あの日確かに、坪井の心に触れた。
それなのにどうして、信じ切れなかったんだ。どうして、踏みとどまれなかったんだ……あの夜に。何度となく繰り返してきた後悔。
押しつぶされそうな胸は、無意識に彼女の名を小さく小さく呼んだ。
「立花……」
会いたくてたまらない。
抱きしめたくて、抱きしめられたくて、たまらない。
(情けなくて狡い俺でも、あの笑顔で、大好きだよって、全部見せてって……そんな)
夢みたいなことばかりを思っているけれど、欲しいものはそれだけだ。たったひとつだけなんだ。
――どれくらい、店の前で立ち止まっていたのか。
ドアが開いたようで、店内の騒音が耳に届く。振り返ると「出たいんですけど、いーっすか?」と、腕を絡め合う男女に軽く睨まれてしまった。
それもそうだろう、店の出入り口の真ん前で立ち尽くしているなんて邪魔者でしかない。
「あ、すいません。どーぞ」
とっさに貼り付けた笑顔で答えて、ゆっくりと。
ひとり、聖夜に溶け込むよう歩き出した。
この一歩がいつか。真衣香のもとに繋がってくれますように。
この願いが、届きますように。
信じてもいない神に、この瞬間ばかりはそんなことを祈ってしまったのだから。
藁にも縋りたい、そんな気持ちでメリークリスマス。