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「……住所はここだけど」
地図と照らし合わせ、立ち入り禁止の立て札の前で二人は立ち尽くす。雪原しかない。
山の斜面のすぐ側は、唐突に路が終わって広い更地になっていた。
以前は集落があったとおぼしき場所。
山に近いから、更に街中よりも積雪があった。斜面はこれ以上崩落しないように、申し訳程度に保護してあったが、いかにも不安定だった。
「あらら」
カノンは肩を竦めてアトリを見上げた。
「ちょっとくらい思い出の中の建物とか残ってないかな、って期待してたんだけど、見事に痕跡も残ってないね」
「ここに住んでたんだ?」
「そう。お父さんとお母さんと三人で暮らしてた。あとはご近所さんも何軒かあったはず」
カノンが五歳の冬のある日、夕食時に凄まじい音と共に大量の雪と土砂が家に流れ込んで来た。この集落の住人で助かったのは、カノン1人だった。
「改めて見ると、凄い崩落だったみたいだね。崖が丸ごと落ちてきた感じ?」
抉られたような形の斜面をなぞるように指差した。
「……せっかく着いてきてくれたのに、ごめん。もう戻ろ」
アトリの腕を掴んで、もと来た路に戻ろうと引っ張る。と、アトリは無言で空いている方の手をカノンの頭に乗せた。
何か慰めの言葉を口にするでもなく、ただ、数回ぽんぽん、と軽く叩いた。
途端に、堰を切ったようにカノンの目から大粒の涙がぼろぼろと溢れ出した。
「……っっ。あたしが生きてたのを、皆が『奇跡だ』って言ったんだ」
力尽きた両親と一緒に、カノンは数時間後に瓦礫の中から救出された。他は遺体ばかりで、ようやく発見された命に、捜索していた人々は大いに沸いた。
「でも奇跡なんて、起きてないんだよ。ただ、土砂と雪と一緒に潰される時に、あたしを必死で庇って、息ができるように抱いてくれたお父さんと、胸が潰れてほんとなら声なんて出ないはずなのに、あたしの為に助けを呼び続けてくれた母さん、そして、その微かな声を頼りに一生懸命捜してくれた人達がいたから、生きてるんだ」
気が付けば、周りは知らない大人達ばかりいて、いつの間にか離れた場所の孤児院に引き取られることが決められていた。
そして、この度、また更に遠くまで連れて行かれるらしい。
「何か、思い出に持ち帰ろうと思って来たんだけど…更地じゃしょうがないもんね。諦める」
ぐいぐい、と手袋をした手で涙を拭って、アトリの手を引く。
「戻ろう」
「……わかった」
まだ何か言いたそうだったが、頷いてアトリは彼女に従った。
「お昼に持ってきたパン、どこで食べようか。さすがにこの更地見ながらってのは悪趣味――っと」
路に突き出していた枯れ枝が、雪の重みで二人の上に落ちてきた。とっさにカノンは手を振り上げ、当たる寸前に粉々にした。
カノンにしてみれば、ごく当たり前の動作だった。虫が煩ければ振り払う、その程度の無意識の。
「あっ……」
無意識すぎて、アトリがいる前だというのを忘れていた。恐る恐る彼を見上げると、驚愕の表情を浮かべていた。
「今の……」
上ずった声で聞いてくる。
「精霊も魔力も介していないようだったけど」
意外としっかり核心をついてくる。はぐらかすしかない。
「何のことかわかんない。たまたま砕けたんじゃない?あっ、あっちなら見晴らし良さそう。あっちで食べよ」
無理矢理その話題を終らせて、あとは施設の暮らしのことをぽつぽつと話しながら帰途についた。
夕食も、朝と同じ店に入ることにした。
「美味しいご飯も、次はいつ食べられるかわかんないからねー。しっかり覚えとく」
運ばれて来た具だくさんのシチューを前に、カノンは両手を合わせて「いただきます」と言った。
「施設のご飯は美味しくないんだ?」
「……んー、食べさせてくれるんだから、あんまり文句は言えないけど、いつも後味になんか変なのが残るっていうか…」
湯気の立つ、ごろっとしたジャガイモをふーふー冷ましながら、カノンは答える。
「一回聞いてみたら、みんなのためのクスリが入ってるんだって、シスターエリィが」
「エリィ…?」
何故かアトリが、シスターの名前を呟く。
「お待たせしましたー」
どん、と大皿のパスタがテーブルの真ん中に置かれた。
1日に二回来れば、さすがに店員さんもカノンの顔を覚えていたらしい。
「弟さん、可愛いねー。旅装だけど、遠方から訪ねて来てくれたとか?」
「「弟?」」
同時に聞き返した。多分、二人が引っ掛かった部分は違う。男だと思われたこと。肉親だと思われたこと。
「髪の色合いが似てるよね。滅多にいないでしょ。紫がかった髪なんて」
ごゆっくり、と手を振って店員さんは去って行った。
「髪」
アトリの表情が凍りついていた。目を見開いて、カノンの髪を凝視する。
「――何で今まで気付かなかったんだろ」
うめくように言う。
カノンも改めてアトリの髪を見た。
そうか、髪が短くなったせいで、自分の髪の色とアトリの髪の色を見比べる機会がなかったから気付かなかった。
カノンは灰色、アトリは薄い金色だが。
二人の髪が紫がかっているという点は、よく似ていた。
コメント
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第3話、じんわり沁みました…。カノンの過去が明らかになる場面、避難所のようなアトリの無言の頭ポンポンが凄く好きです。言葉より雄弁な距離感、いいなあ。終盤の髪色の一致も、ただの偶然じゃない気配がして続きが気になります。瀬尾さんの筆致、登場人物の内側を描くのが本当に丁寧ですね☺️