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――――――狂座――――――
※狂座とは殺したい者を代行してくれる裏サイトの呼称を指す。
※通常はアクセス出来ない。ある一定の基準を満たした場合のみ、液晶(携帯・パソコン・テレビ等)を通じてアクセス出来るが、ネットワークの有無は問わないらしい。
※依頼対価は単純に通貨によって行われる。金額は依頼者が支払い可能な財蓄の全て。本人すら知らない個人情報まで把握しており、偽装工作等は通用しない。
※依頼成立すると、対象者は速やかにこの世から消去される。依頼者は対象者の消去項目(事故死・自然死・故意死等)を指定する事も出来る。指定が無い場合は、狂座側が状況に応じて消去方法を決定する。
※消去を実行するのはエリミネーターと呼ばれる者達。狂座は仲介部門、管理部門、執行部門の三部門で形成されており、エリミネーターはその執行部門に位置する。
※狂座やエリミネーターの実態、総数は一切不明。
※エリミネーターは階級制となっており、実績や総合能力等でそのランクが決定される。
――――――――――――――
狂座は“迅速・正確・安心”がモットーとなっております。
あなたも狂座へ依頼してみませんか? まあそれなりに対価は必要ですが……。
ええ、口外しても秘密は一切漏れませんし、ペナルティもありません。
あなたに“業”を背負っていけるだけの覚悟があればね……。
************
「こちらが今回のターゲットとなっております」
窓から照らされた月明かりで僅かに視覚出来る深淵の室内に、場違いな程に澄みきった声が通る。
仮面で表情を確認出来ない女性から、何枚かの書類を手渡され、それを受け取った黒衣を纏う人物。
深夜、廃校となった室内でのやり取り等、常識的に考えれば非日常以外の何物でも無いが、彼等にとっては日常的な事である。
ここは闇の仲介室。狂座が請けた依頼を、執行者であるエリミネーターへと橋渡しする仲介地点として機能していた。
「…………」
狂座のエリミネーターである如月 幸人は、無言のまま手渡された書類にサッと目を通す。
ターゲットとなる人物の顔写真には、毛髪の薄い卑しい顔付きの中年男性が写っている。肥満気味で笑窪のあるにこやかな表情には、いかにも“裏の顔が有ります”といった雰囲気が滲み出ていた。
人を見かけで判断するべきではないが、これは如何にもな“典型的”であり、何より狂座に依頼された時点で、その裏は推して知るべしだろう。
「まあ……なんとも分かり易いまでに典型的な面だな」
指定席である幸人の左肩で呟くジュウベエも、その顔写真だけで本質を見抜いた――訳でも無いだろうが、第一印象は猫の目にも同感のようだ。
「今回のターゲット、高瀬 重造48歳。都心に構える数多の病院の一つ、高瀬病院の院長ですが、これがまた別名“死出の病院”“婬魔の院長”と云われる程、悪名高いみたいですね」
仲介人であるコードネーム『琉月』は、その裏の通り名の滑稽さにクスクスと笑う。仮面で表情が分からない為、室内の暗さも相まって不気味さは倍増だ。
「なんでも遺体となって退院する率が、一般より高いらしいですが……。それより問題なのは、病院側の対応の悪さ。入院患者にはコストを抑える為、残飯に等しい物を食させたり、院長は診察と称して女性患者を薬で眠らせた後、性的暴行に及んでいた事が多数確認されてます」
「救いようのねえ屑だな……」
病院にあるまじき行状に、ジュウベエも思わず溜め息を漏らす。
「人の健康と命を守る医者の立場で有りながらこの行状……。早急に消えて貰った方が、世の為人の為これからの為、最善の策かと」
それ即ち、消去される事が確定事項なのだが、琉月は建前上、一応もう一枚の書類を幸人へ手渡す。このターゲットの消去を依頼したクライアントの方だ。
ターゲットは執行部門が消去を担当するので、その核となるエリミネーターが引き受けないと、依頼自体が成立しない。
とはいえ、依頼を受けるか否かは、基本エリミネーターの自由なので、すんなり成立する事はそうそう無い。執行難度、報酬額の食い違いからだ。
その際は別のエリミネーターに依頼は廻されていく。三部門の中で最も総数が多いのが執行部門なので、依頼自体が中止になる事はまず無い、と言っていいだろう。
「今回のクライアント、狭山 亮二と狭山 裕子の両名。御察しのとおり、夫婦間での依頼です。15歳の一人息子をこの病院で失っています。裏を取った処、有り得ない位杜撰(ずさん)な手術ミスで死亡させた事が確認されてます。執刀医は勿論ターゲット」
琉月は状況を簡単に説明する。
「何だこの病院? よく潰れねえな」
「何故この病院が未だに存続してるのか、現代のミステリーですが、その存続もこれまでです」
口を挟む様に呟くジュウベエと同感なのか、彼女は間髪入れずに口を開いたが、幸人は相変わらず沈黙したままだ。ただただターゲットとクライアントの資料を、感情に流されない冷静な眼で吟味している様に見える。
「今回の依頼金額は、亡き一人息子の生命保険から捻出した破格の8000万円。如何でしょう? 貴方に相応しい仕事内容だと思われますが……」
ここからがある意味、狂座の本題でもある。これ程の高額依頼が通達されるのは、エリミネーターの中でも、ほんの一握りの存在でしかない。
「へぇ……これは豪気だな」
ジュウベエもその金額の大きさに舌を巻く。
“で、どうするんだ?”とでも言わんばかりに、幸人へ向けてちらりと眼で促していた。
「……引き請けよう」
幸人は二つ返事で引き請けながら眼鏡を外し、エリミネーター『雫』としての姿へ変貌を遂げる。燃える様に輝く銀色の毛髪と瞳がその象徴だ。
「前回の依頼は貴方に相応しくなかったのですが、今回は貴方に相応しい仕事ですね」
それは嫌味だろうか? 踵を返した『雫』へ、彼女は事も無げに投げ掛けていた。
「勘違いするなよ」
『雫』は振り返る事無く呟く。
「恨みの大小に、金額の大小は無い」
それは金額の大小で、依頼を引き受けるか否かでは無いという事。
「本当にそうでしょうか?」
だが琉月は意味深に受け流す。それはまるで、人は少なからず見返りで動くもの、とでも言わんばかりだ。
「……まあいいでしょう。今回の消去方法は、過去の行状まで遡らせた“世間への認知”でお願いします」
扉を開け、出ていく音さえ無い。
琉月がそう伝えきった頃には、暗い室内には既に彼女一人しか居なかった。まるで最初から其所に存在していなかったかの様に。
************
「如月……幸人」
彼女以外誰も居ない暗闇の室内で、今は居ないその者を名を呟いた琉月は、手元のノートパソコンを操作し、ある場所へとカーソルを合わせクリックする。
するとその液晶画面には幸人の、いや『雫』の個人情報が一面に網羅されていく。液晶の灯が妖しく彼女の仮面を照らしていた。
“――如月 幸人。狂座コードネーム『雫』。表では動物病院を経営しながら、裏では“狂座”執行部門所属のエリミネーターが一人……”
彼女は軽快な指さばきで更に『雫』のデータを細分化していく。
“――過去の経歴は狂座の極秘プロファイルの一つとして、全て抹消済み。狂座に於いて最高ランクに位置する“S級”エリミネーター。通称、人を超えし者”
「フフフ……」
標示された液晶のデータを見ながら、琉月は恍惚に近い笑みを漏らす。それは狂座の“最高峰”を目の当たりにしたものなのか?
“――だが彼は、S級の中でも更に選りすぐられた存在。人を超えし者が集うS級に於いて、特等へと位置する――”
“SS級エリミネーター”
“彼はその“現三人”の内の一人ーー”
「美しくも冷酷……。その姿を思い返すだけで、心まで惑わされそうになる程の……」
琉月は先程までの『雫』の姿に物思いに耽る。
狂座に於いて『雫』は特別かつ、最高の存在の一人で在り、仲介役の彼女にとって最高位のエリミネーターに仕事を斡旋する事は、この上無い悦びの一つなのかも知れない。
「それにしても解せませんね……」
それは『雫』がそれ程の存在ながら、まるで欲が感じられない偽善とも違う不可解さ。
彼女が仲介してきたエリミネーターの誰もが、少なくとも“仕事を選んでいた”事。それはランクという名の報酬という形。
「何より彼は……」
“――常人が持ち得ない力……“異能”。狂座はその異能者達の集団。『雫』……彼はその異能の中でも最上級に位置する――”
“特異能”
“その一つ、“無氷”の保有者であり、生まれながらに異能を持った“特異点”と称される存在ーー”
「異能とは盟約によって与えられし現象……」
琉月は誰に聞かせる訳でも無く、狂座の契約を口にしていた。
狂座という裏の世界に身を置き、その存在が認められた者には各々の特性に見合った、異能という超常現象を操れる力が与えられる。
異能とは後天的なものであり、特異能とは先天的なものを意味する。
前の消去で披露した『雫』のあの氷の力は先天性に依るもの。先天で在るがゆえに、特異能は後天性異能以下、他の追随を許さない。その力は世界のパワーバランスを揺るがしかねない程。
そもそも狂座とは誰が? 何処で? 何時から存在しているのかも一切が不明で、組織の中でもその謎を知る者は、極一部の存在とされているらしい。
「特異点の特徴は、異彩色魔眼と云われる瞳と、それに呼応する毛髪がその証……」
“彼のあの眼鏡……。あれは特異点が常人に擬態する為の、一種の魔眼封じの呪術が施されているようですね……。表の世界で常人として振る舞う為。そして――”
“その恐るべき力を抑える為に”
「果たして……」
琉月はノートパソコンの電源を落とし、閉じながら明かりの無い宙を仰ぐ。
「神か……悪魔か……」
彼女のその呟きは特異点に対するものなのか? それともーー