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☘60 ◇大きなうねり
夫が義父から引き継いだ会社の主力は腕時計・ジュエリーを
取り扱う事業だった。
当時、従業員20人弱で売上30億と……そこそこの純利益を出しており経営は
順風満帆だったはず。
それに百合子を取り込み二人三脚で更に大きくすると意気込んでいたのだから、
今は更に飛躍していることだろう。
だからこそ、自分への慰謝料子供たちへの養育費など潤沢に迷いなく
放出したのだろうことが予想できる。
世の中には元々興味がなくという人や日々の生活に追われて時間を取れない
ため、ニュースにあまり関心を示さない女性たちもいるが、子育てからもほぼ
ほぼ解放され精神的にも物理的にも自分の按配で時間を作れる百子は特に直近
の1~2年、毎日ニュースを熱心に見聞きし世界情勢に関心を寄せていた。
小説を書くためにパソコンに張り付いていると小休止する時、テレビを見る
よりもYouTubeを視聴することのほうが圧倒的に多くなる。
世界情勢を知るのにはもってこいのツールだ。
地上波では知り得ない情報が豊富に流れているからだ。
そんな百子の元へ2019年12月の初頭に飛び込んできたのは
中国武漢発の疫病発生のニュースだった。
CO○○D―19 コロ○○イルスの出現。
何が原因でどこから沸いて出て来たのか世界中がハチの巣をつつくような
騒ぎになるのは早かった。
武漢で新○コ○○感染症の最初の患者が原因不明の肺炎を発症。
その後同様の患者が増え続け12月末に中国の研究グループが
コロ○○イルスの原因は海鮮市場が起源であると明らかにした。
中国という国は……いや共産党という組織は隠蔽体質である。
その為、どこまでそれが本当のことであるのかは定かではなかったが。
この病理に係わった武漢の眼科医が、医師たちが参加する交流サイトに
武漢の海鮮市場で謎の肺炎が広まっていると書き込み、いち早く警鐘を鳴
らした。
共産党にとって都合が悪かったのだろう、すぐに否定され警察に逮捕された。
そしてその後、彼は自らの報告を生かされることなく
彼自身も患者への診察の過程でコ○ナに感染し亡くなった。
その後、日本でも年明けに渡航先から帰国した人物の発熱が
報道されることになる。
61 ◇先で起きるリスクが分かってしまった
毎日欠かさずニュースを見ていた百子は
武漢から出たウイ○ス騒動を受け、瞬時に動いた。
離婚届けは百子が決めた時に出していいことになっていた。
年明け6日に離婚届けを役所に一人で出しに行った。
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夫であった伸之に婚外子などなく、離婚を突き付けられていなければ、
これまでノータッチだった伸之の仕事に関与し、先でどのようなリスクが
あるか、きっと自分は告げただろうと思う。
というのも、この時百子は会社の存続の危機をいち早く危惧していたからだ。
伸之はすでに5年前から家を出ていていない。
伸之は果たして……今の騒動の始まりがどれだけすごい波で会社の事業に
襲い掛かってくるのかということに、気付いているだろうか。
そのように百子が危惧しているうちにも、すでに日本でも横浜港を出港した
クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の船内で恐るべき危機に見舞われる
ことになるのだった。
クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗客で1月25日に香港で下船した
80代男性がCO○○D―19に罹患していることが2月1日に確認されたからだ。
◇ ◇ ◇ ◇
その後、百子の危惧していたことが国内外経済全般で起こり始め、主力は高級時計・
ジュエリーそしてその他にはアパレル・バッグなどを取り扱っている伸之が父親から
継いだ石田貴金属(株)もまた例外ではなく、船で例えるなら大海原でゆらゆらと
揺られ続けていた。
中国景気の減速に伴い、輸出の悪化。
スマートホンの台頭やコ〇ナ禍により伸之の会社でも遅まきながら
他社より一歩遅れて通販に切り替えるという策を取るのだが、業績は
思うほど伸びず芳しくなかった。
伸之の取り扱っている物販の主力商品が腕時計やジュエリーという高額品で
実物を直に手に取り触ってみる、あるいは試着してみる、その上で購入を
決めたいというニーズが他の商品よりも高い傾向にあるため、遅れて通販に
乗り出したという経緯があった。
62☑◇ついに夫の会社は沈んでしまう
通販の下地もなく、疫病で人々が街に繰り出せないような状況の中
やにくもに急いで通販に乗り出したものの、通販を広め実績を出す前に
会社の存続が危うくなってしまった。
百合子を取り込んだことであれからさらに短期間で実店舗などを拡大拡張し、
雇用も増やし商品の仕入れにも力を入れと準備期間に数か月をかけ、さぁ……と、
順風満帆に船出をしてから僅か3年余り、大きくした屋台骨で勢いをつけていた
会社は、未知数の予期せぬ疫病のせいで予想していた顧客を大幅に失いあっと
いうまに失速してしまう。
会社を父親から譲り受けた時には、潤沢な内部留保……家庭でいうなれば
何かあった時のためでもある預貯金にあたるものがあった。
それは通常であれば将来の設備投資や今回のような資金繰りが苦しくなったときの
補填に使えるものなので、いくらかでも社内に蓄積しておかねばならないものである。
だが、あまりに会社の業績が伸びていたため、伸之は過信し過ぎてしまい、
それらを全部事業につぎ込んでしまっていたのだ。
だから、どうすることもできない。
通販を始めたり、リストラを断行したり、やれることはやった……が、
如何せん人が店舗に来られないのだからどうしようもなかった。
買いたいと思ってくれる顧客はいるはずだが、買いに来られないのだから
仕方がない。
地震がきた時にビルが徐々にゆっくりと大きく何度か揺れながら
最後には倒壊するように伸之の会社は倒れていった。
すでに百合子は実家に帰ると言い置き息子を連れて家を出ており、
自宅に戻って来ることはなかった。
まだ籍も入ってない事実婚状態のため、泥船からいち早く降りることに
戸惑いはなかったのだろう。
百合子が自分を見限ったのだと知った日から会社が倒産する日までのことは、
何がなにやら伸之の記憶はすべからく曖昧だった。
そんな日々の中でふと思うのは妻の百子のことだった。
百子だったらどうしただろうかと。
最後まで自分と共にいてくれただろうか、それとも彼女もまた泥船から降りて
一目散に実家へと遁走しただろうか。
そんな埒もないことを思ったりしつつ、残務整理に追われる伸之は
持っている自社ビルと店舗だけでは返済に不足し、両親の住まう住宅も
手放し、高齢の両親を連れて賃貸アパートへと引っ越していった。
◇ ◇ ◇ ◇
そして……コ〇ナ禍の中、ついに石田貴金属(株)は倒産した。
コメント
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第21話、読み終えました。百子さんが離婚届を出したタイミングの切なさがじんわり響きました。もしあの時、夫に婚外子がいなければ…「自分はきっと会社の危機を伝えたはず」という地の文に、彼女の悔しさと寂しさが詰まっていて苦しくなりました。そして百合子が真っ先に泥船から降りた対比が、あまりに残酷で胸が痛いです。時勢の大きなうねりに飲み込まれていく経営の描写も、リアルで息が詰まるようでした…。応援しています🌷