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「えっ……」
藪から棒に何を言っているのだろうと、百子は目をぱちくりさせる。呆然としてつぶやく百子を、美咲はそっと抱き締めた。
「ももちゃんのその言葉で分かったわ。ももちゃんがどれだけ陽翔さんのことが大好きなのか。ももちゃんがそんなにヤキモチ焼くの初めて見たかも。それだけ本気なのね」
百子は顔を赤くして押し黙る。
「な、なんで分かるのよそんなこと……」
「信じたいんでしょ? 陽翔さんのこと」
百子は首肯する。木嶋のことを美咲にぶちまけたお陰なのか、いくばくか落ち着いて物が考えられるようになっている。とはいえ、まだあの光景がちらついてふつふつと怒りが湧いてきてはいるが。
「……やっぱり聞かないと駄目なのかしら。ショッピングセンターから出たあの|女性《ひと》誰なのって……」
「聞かないとわかんないよ? そんな聞き方しなくてもいいと思うけど。陽翔さんにも事情があるかもしれないし。仕事の用事なのかもしれないし、ひょっとしたらその女性は親戚だったりするかもしれないじゃない。色んな可能性があるのに、ももちゃんは一方的に決めつけちゃうの? それってめちゃくちゃ勿体無いと思うよ?」
百子は今更ながら他の可能性があることに気づき、先程とは別の意味で下を向く。また勝手に陽翔のことを決めつけてしまったからだった。
「うっ……確かに……陽翔さんの事情は考えてなかったわ。でも……聞いてもいいのかしら。疑う私に嫌気がさして、離れていかないかな……」
弱々しい百子の声に、美咲のきっぱりした声が応えた。
「疑うまではいかないんじゃないかな? どちらかというと確認なんじゃないの? そう思えば聞きやすいんじゃない? それに、確認なのにあっちが疑ってんのかって怒るような人なら、早く手を切ったほうがお互いのためよ」
百子は沈黙する。美咲の言葉を聞いてもなお、百子の頭には膨らんだ不安が未だに居座っている。とはいえ、ぎゅうぎゅうになっていた不安がある程度取り除かれたのもまた事実だ。
「陽翔さんのことで不安なら、陽翔さんにそれをぶつけなきゃ。一人で悩むと不安が独り歩きするどころか走り廻ってどんどん大きくなっちゃうよ? 陽翔さんはももちゃんに不安をずっと持ってほしくないんじゃない? むしろ隠された方がショックだと思うんだけど……」
美咲が言い終わらないうちに、百子のスマホが再び震える。百子は未だに恐怖はあるものの、美咲の言葉に励まされてスマホを手に取り、そっと通話ボタンを押す。その様子を見て美咲は表情を和らげ、うまくいきますようにと心の中で唱えた。
『百子、今どこにいるんだ! メッセージ飛ばしても反応がないし、電話も出ないし、心配したんだぞ!』
怒鳴るような彼の声がして、百子は思わずスマホを少しだけ耳から離す。脱衣場兼洗面所に入り、そこのドアを閉めて正解だった。切羽詰まったような、憔悴しきったような陽翔の声を聞くだけで、百子の鼻の奥がつきんと痛むのだ。陽翔からのメッセージは10件を超えており、電話も5回以上掛かっていたのを百子は無視していたからだ。
「ごめんなさい、陽翔……どうしても友達と相談したいことがあって、今友達の家にいるの。勝手なことしたのに、連絡しなくてごめん……」
『俺だったら相談できなかったのか』
静かな怒りを含んだ声で百子はびくっとしたが、なるべく正直に言おうと百子は息を大きく吸った。
「……うん。だって陽翔のことで悩んでたから。私が陽翔に裏切られちゃったのかとばかり思い込んじゃって……家に帰りたくなかったの……陽翔のことをヒステリックに詰るのも嫌だったし」
『俺が何で百子を裏切る必要があるんだよ……! いや、別に今はそこはどうでもいいか。百子の事情が聞きたい。何でそう思ったんだ?』
「今日は陽翔よりも先に駅に着いたんだけど、ショッピングセンターから女の人と出てきたのを見たの……しかも陽翔がその|女性《ひと》とキスをしたように見えちゃって……!」
百子が涙混じりの声で告白すると、陽翔がため息をついた。
『百子、あの場にいたのか……』
先程のため息も相まって、その声が何だか諦めを含んでいるようにしか聞こえず、百子の顔は段々と蒼白になっていった。
『あれは俺の妹だ。百子のことというか、結婚のことで少し相談に乗ってもらってたんだ。妹は去年結婚してるからな。あとは俺の両親の近況も聞かせてもらってた。その礼に妹の欲しいものを買ってただけだ』
百子は目を瞬かせ、彼の言葉を噛み砕いていたが、やがて飲み込めて来たようで、恐る恐る口にした。
「……え? いもうと、さん? ミントをくれた……? てっきり他に好きな人ができたのかとばかり……だって、心底嬉しそうに笑ってるし、それに……き、キスしてるようにも見えたから……」
百子は思わず間抜けな声を上げた。
(うそ……あれは陽翔の妹さん、だったの……?)
百子はへなへなと脱衣場に座り込む。安堵しても良かったが、自分が陽翔の妹を他に好きな女性ができたと早とちりしてしまったことに羞恥と気まずさを覚えたのだ。
『百子、そんなことを考えてたのか?! 俺が笑ってたのは妹に百子のことが本当に好きなんだって言われて、百子のことで頭が一杯だったからだぞ。それと確かに妹が顔を近づけてきてたが、耳打ちしかされてない。百子が心配するようなことにはなってないぞ』