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🪼side
初めて来店した日から数ヶ月が過ぎた。
仕事の合間を縫っては、疲れた体よりも彼に会うことを優先した。一目惚れは長続きしないように思うが、どうやら自分の場合は違うらしい。
会う度、声を交わす度に愛しさが増していく。それと同時に、自分の中の仄暗い感情が湧き出ているのが明確に感じ取れた。
触れて、自分にめちゃくちゃにされている彼を見たい。彼に触れた者を皆消してしまいたい。彼を、自分だけのモノにしたい_____
恋人でもない相手にこんな妄想をしてしまうなんて中々に最低だ。というのは自分が一番よく理解している。
しかし。この感情が今、
心臓が破裂しそうな程心の中で渦巻いている。
『欲しい…』
友人の結婚式の帰りだった。
ふと口から零れた言葉に苦笑する。
「会いたいな」とでも言えれば、きっと綺麗だったろうに。自分の口から出た言ノ葉はドス黒かった。
自然と歩みは彼の店へ向かっていた。
『こんばんは、涙雨。閉店近いのに入っちゃってごめんね?どうしても来たくなっちゃって』
もはや21:30。もう閉店も間近だった。
普通ならばかなり迷惑な行為をしているのだが、それよりも彼に会いたい気持ちが勝ってしまった。
「いらっしゃいませ、まだ30分近くあるし大丈夫ですよぉ〜」
あぁ…可愛い。
大きなタレ目も、綺麗な唇も、さらさらな髪も、白い肌も、鈴のようで心地良い声も。
全部が愛しくて愛しくて愛しくて。
どうしよもなく手に入れたい衝動に駆られる。
「この時間ならワインですかぁ?っていうか、マスクしてないじゃないですかぁ…ファンに見られたらどうするんですか…?」
『ん〜、大丈夫。店入る前に外しただけだから安心して?あと、今日は酔いたい気分だからちょっと度数強いのがいいかな』
「そぉいう問題じゃなくてぇ…….珍しいですね、酔いたいって…というか藍沢さんって酔えるんですかぁ…?」
いつもこの時間にはワインを飲んでいた。
それを覚えてくれていたことが酷く嬉しかった。しかし今日は、なんだか酔いたい気分だった。1度酒にでも溺れれば、このドス黒い感情も解消されるような気がしたのだ。
そもそも無駄に肝臓が強いせいで酔っ払うことは出来ないのだが、ふわふわとした感覚位は味わう事が出来る。
『流石に酔えるよ笑。ふわふわする位で終わるけどね、それぐらいが丁度いいでしょ?』
「確かにそうですけどぉ…でも僕、一口でも吐いたことありますよぉ?テキーラ飲まされて…」
“飲まされて”
という単語に少しの不快感を覚えた。
『吐いちゃったかぁ…てか飲まされて、って任意じゃなかったって事?』
「まぁそぉですね…お付き合いしてた方に。
でもただの悪ふざけですから…」
『ふーん…そっか。』
「?…急にテンション下がるじゃないですかぁ……あ、悲しい事があったから酔いたい、とか?」
恋人だったとはいえ、無理な飲酒をさせるのはお門違いではないか。と思わずには居られなかった。今まで聞いた話から察して来たが、涙雨は多分「尽くし過ぎて都合良く扱われる」
そんなタイプに思えた。
それをいい事にその元恋人とやらが、1歩間違えれば救急搬送されてもおかしくないのにも関わらず、お酒に弱い涙雨に対して飲酒を強要した事が許せない。 腹の底で殺意が芽生える感覚に、思わず暗い声を出してしまった。
グラスを差し出しながらの問いに、
さて、どう答えようか。と目を泳がせる。
本来は悲しいから酔いたかった訳では無いが、心の内まで言う必要は無い為話を合わせつつ、本音も織り交ぜる事にした。
『うーん、まぁ…悲しいことはあったよ笑』
「あらら……お話聞きましょぉか…?」
『いいの?ありがと。』
グッとグラスの酒を半分程飲み込む。
何故かとても美味く感じた。まるで、好みを全て分かっているかのようなチョイスに心が暖まる感じがした。
『俺ね、好きになった人が居るんだけど、 その人は俺がアピールしても気付かない…というか、そもそも俺に興味無さそうなんだよねー…』
「ははぁー…..アピールって例えば…?」
『んー…出来るだけ会いに行くようにはしてる。ずっと視線送ってみたりとか…』
「……藍沢さんってそんなに奥手なんですかぁ…….??」
自覚があっただけ、その意中の相手本人から言われると中々にくるものがあり頭を抱える。
『〜〜っ…….自分でも分かってるんだよ…意気地無しだな…って』
「意気地無しとは言ってないですよぉ…もっとグイグイ行きそうなイメージがあってつい…」
『多分それ、本気で好きな相手じゃないから出来てたんだよねぇ……別れてもなんとも思わなかったし、自分から告白した人とか居なかったから…』
「ってことは、今意中の方の事すごく好きなんですね……」
不意に、涙雨が辛そうな、悲しそうな声になった。
欲しい
先程まで息を潜めていたドス黒い感情が、また湧き出す感覚があった。
もっと色んな表情が見たい
笑顔も
泣いている顔も
苦しそうな顔も
快楽に溺れそうな顔も
全部見たい。
全部を自分のモノにしたい。
そう自分の中の猛獣が叫ぶのを、必死に無視した。
『一目惚れ、って初めてだからさ。…どうしても欲しくって、ね。』
『…っていうのを、最近知り合いが結婚したせいで思い出して虚しくなってた。って話』
「要するにちょっとした嫉妬ですね…」
『ふはっ、バレちゃった。……涙雨はさ、好きな人とか居ないの?』
「………居ますよ。でも、その……恋愛がちょっと…」
居るんだ。と冷静な自分がその事実を受け止めた。だがそれ以上に、自分以外に涙雨が愛情を向けている可能性がハッキリし、無性に何かをぶん殴りたくなった。
無論。そんな暇は無い為、なるべく涙雨に苛立ちが伝わらないよう声や表情など、目に見える場所に集中した。
『……..怖い?』
「なんで、怖いって分かったんですか…?」
『そりゃ、浮気されてた。なんて話聞いてたら誰だって分かるよ笑』
「確か、に……」
涙雨は過去に何度も浮気を経験している。本人の口から細かい情報は出ていないが、もっと何か酷い仕打ちを受けていたのは何となく分かっていた。
何故だろうか、今日は無性にイライラする。
酒は少量でも酔える。が、潰れたり、二日酔いになるなどの一定以上の酔いは来ない体質だ。きっと自分は今酔っているのだろう。
『涙雨は優しいから、それを悪用するような奴に好かれるんだろうね……何かあれば言ってね。撮影中でも駆けつける自信あるよ』
「えぇぇ……嬉しいですけど、撮影はして下さい…?お仕事なんですから」
『涙雨の方が重要だから』
「そ、そういう問題じゃなくてぇ…」
『ふふ。かわい…』
困ったように眉を下げるのが可愛くて仕方なかった。だからといって口に出すつもりは無かったが……もういいか。
『涙雨、こっち来て?』
俯いてしまった目の前の愛しい人を隣の椅子へ促す。自分でも驚く程甘ったるい声になってしまった。
素直に隣に座り、少し赤くなった顔でこちらを見上げ、そわそわしとしてる涙雨が愛しくてしょうがない。
酒のせい、なんて言い訳で許して貰えるだろうか、と呑気に考えながら、赤くなった頬に触れた。