「琴音?響さんのとこにいる?」
響が出かけて、ソファに座り込んでいたら…真莉ちゃんから着信が入った。
「今から帰るとこだよ、1人暮しの方に」
「まだ別居してんの?何やってんだか…」
あきれたように言われて口を尖らせながら、いいこと思いついてしまった。
お見合いに行ってしまったと嘆いているより、行っていいよと言ってしまったバカさ加減を、真莉ちゃんと優菜ちゃんに笑ってもらおう。
3人でご飯でも食べながら…!
そう真莉ちゃんに提案しようとして、逆に意外なことを言われた。
「実はこれから、中学時代の奴らと会うんだけどさ、皆、琴音にも会いたいって言って」
響さんに出かけていいか聞いてみな…と言われた。
「…あ、その心配はない。今日は…外に行ってていないし、ご飯もいらないみたいだから」
ここにいてもマンションに帰っても、なんだか落ち着かないし。
だったらこういう日は、誰かと会って気を紛らわせた方がいいように思う。
そこで思いついた提案は引っ込めて、私は真莉ちゃんの誘いに乗ることにした。
教えられた場所は、都内の落ち着いたイタリアンバル。
到着して真莉ちゃんを探すと、男子が3人、テーブルについていた。
「…お待たせ…!」
どうやら男子だけの会だったみたい…。
「久しぶり!」
確か彼は…野球部だった…
「金田くん?…髪伸びてて、そのへんで会ってもわかんないよ…!」
「琴音は変わってない…!すぐわかった!」
人懐っこい笑顔で笑う金田くんが、隣にいる男子を見て言う。
「こっち…わかる?」
短めの刈り上げが爽やかな印象の男子。
確かこの人は…
「サッカー部の、川西くんでしょ?キャプテンだった…」
あの頃と違って縁無しのメガネをかけてて、ちょっと知的なイメージ。
「なんか…大人になったね…!」
「琴音も大人っぽくなった…めっちゃ可愛いな?!」
それを聞いて、真莉ちゃんが半笑いで言う。
「琴音が大人…?もうぜんせんっ!」
意味深な目を向ける真莉ちゃん。
そりゃあまぁ…いろいろあって…まだ、ですけど?
真莉ちゃんには、なんでかバージンだとバレてる…
まぁ、彼氏がいた事なかったから、そりゃバレるんだけど…。
それにしても、響と付き合うようになってから、チョイチョイおちょくられるようになって…ちょっとウザい!
今まで知らん顔しててくれたのに…。
「真莉ちゃん!余計なこと言わないでいいから!」
牽制しつつ、料理の注文をしようとメニューを開いた。
……
それから2時間ほど、近況報告をしながら美味しい食事とワインをいただいて、ほろ酔いのうちに帰ろうと席を立った。
響には、中学時代のプチ同窓会に行くと、一応メッセージはしておいたけど、お見合いの最中で気づかないだろう。
今日も帰るのは、1人暮らしのマンションの方だから、時間は気にしなくていいんだけど。
でも…響に心配をかけたくないし、いくら真莉ちゃんがいるとはいえ、男子の中に女子1人は気まずい。
ワインには特に弱いし…潰れたりしたら大変だ…!
「…じゃ、またね。真莉ちゃん」
「おー。気をつけてな」
2人にも再会を約束して、私は出口に向かった。
「琴音…ちょっと待って」
追いかけてきたのは、川西くんだった。
「…送るよ」
「…え?大丈夫だよ!まだ時間早いし…」
見ると…川西くんも荷物を持っていて、帰るところみたい。
「あ、じゃあ…駅まで一緒に行こうか?」
お店を出て駅方向に歩いていくと、来るときは気づかなかった大きなホテルがあることに気づいた。
正面を通り過ぎてみると…
「ここ…ホテルマテリアガーデン…?」
前に、響と宿泊したホテル…。
伝説(?)のキス事件を思い出す。
あ…確か、今日のお見合いもここのレストランで…って言ってたな。
「そうだね。ここは確か、武者小路グループのホテルだよね」
やっぱり、そうなんだ。
「琴音、ちょっとだけ…付き合ってくれない?」
川西くんが唐突に足を止めて、下を向いた。
「…どしたの?何か…あった?」
「実は今日、琴音に声をかけてくれるよう真莉に言ったのは、俺なんだ」
「え?…そうだったんだ」
真莉ちゃんが男子だけの飲み会に、私を誘うなんておかしいと思った…。
「そこにカフェバーがあるんだけど、少しだけ、付き合ってくれる?」
ホテルを通り過ぎた脇道を入ると、仄暗い看板がお洒落なバーがあるのが見える。
川西くんが、カフェ…と言ったことにも少し安心して、1時間くらいなら…と、付き合うことにした。
重々しい木のドアを川西くんが開けてくれて、小さくお礼を言いながら、店に足を踏み入れる。
ぼんやりしたオレンジ色の照明と、いくつかのスポットライト。
引く流れる音楽はジャズか…クラシック?
わかんないけど、すごーく大人の雰囲気。
店内はカウンター席といくつかのボックス席になってて、そこにいたすべてのお客さんはカップルだった。
こんなとこで響とお酒を飲めたら…なんて一瞬のうちに妄想をして、ふと視線が止まった。
背中が…他の誰とも違う。
こちらに背を向けた、細いストライプのスーツ…カウンターに座る男性。
響…?
なんで、こんなとこにいるの?
レストランでお見合いじゃなかったの?
…その後、2人でここへ来たのかな…?
お見合いってそういうシステム?
それとも…意気投合したから2人でここにいるの?
向こう側に座る女性も、チラチラ見える。
なんだか不思議。
自分以外の女性と響が一緒にいるなんて…。
…ここはやっぱり、声かけない方がいいよね。
「琴音?」
…静かな店内で、川西くんに呼ばれた声は、意外に大きくて。
背を向けた男性がゆっくりこちらを向くのがわかって…私は反対に、ゆっくり背を向けて、近くのボックス席に座った。
あ…意外と近くの席に座ってしまった。
声が聞こえる位置かもしれない。
「琴音は、何飲む?」
「えーっと…夜だし、ホットミルクとか?」
「なにそれ?相変わらず面白いじゃん」
ウケ狙いで言ったんじゃないんだけど…
川西くんは同じカクテルを2つ注文してしまった。
「…蘭子さん、おかわりは?」
後ろから、聞き慣れた低音ボイスが聞こえる。
お見合い相手…蘭子さんっていうんだ…。
でも。
断る前提なのに、下の名前で呼ぶなんて、ずいぶん親しげじゃない?
「…琴音はどう思う?」
「…え?あ…!ごめん、もう一回言って」
響が気になって、集中できない。
「…だから、すごく久しぶりに会う奴に好きとか言われたら、琴音ならどう思うか?って話」
「あ…」
なにそれ…まるで響みたい。
「びっくりするだろうけど…嬉しいとは思うよ。でも、いきなり結婚とか同居とかは、言わない方がいいと思う…。あ…あの、焦るから…」
何これ。
完全に自分の経験話してるじゃん。
しかも、すぐそこに響がいるっていうのに…。
すると私の声とは比べ物にならないくらい、可愛らしい声が聞こえた。
「…響さん、聞こえてます…か?」
「あ…失礼」
…てゆーか、なにこれ。
なんていう拷問…。
形ばかりのお見合いのはずなのに、こんな雰囲気あるバーに女の人と2人で来るなんて…。
そんな響、見たくなかった。
「それじゃ俺、勇気を出して言ってみようかな…」
「…ん?あ!好きな人に告白するの?」
ブルーな気持ちになりかけたけど、川西くんの恋ばなを聞いて、癒されたい気持ちが芽生えた。
「川西くんの好きな人って、どんな人?もしかして同級生?私も知ってる子?」
すると川西くん…決して明るくない店内でもハッキリわかるほど赤くなった。
「好きな子は…琴音だよ」
「え?」
「少し前に真莉と飲む機会があって、琴音と今も交流があるって聞いたんだ。で、もしかしたら…って前から思ってたこと、真莉に聞いてみた」
「な…にを?」
「2人は付き合ってるのかって。そしたら違うけど…って言ったんだ」
「違う…違うよ?真莉ちゃんとは正真正銘友だちだから!」
ひときわ大きな声で言ったのは、後ろにいる響を意識していなかったとは…言えない。
「でもなんか…真莉の言い方がさ、琴音のこと好きなのかなって感じて。それで焦っちゃって、今日会えるようにセッティングしてもらった」
「そう…なんだ。でも、本当に友達でしかないんだよね。それに…」
「じゃあ考えてみてよ。俺とのこと」
「…え…」
「俺、就職先がMKG証券に決まったんだ。結構いいとこだろ?琴音と付き合って、数年したら結婚も…」
「…ちょ…川西くん、そんな急に…」
…顔を真っ赤にして一生懸命伝えてくれる川西くん。
変な意味じゃなく、可愛らしい…なんて思ってしまった。
はじめに、結婚とかいきなり言っちゃダメだよって言ったのに、聞いてないんかい?!
周りのことなんか目に入らないくらい必死な告白。
あのサッカー少年が…大きくなったんだなぁ…。
…なんて、母性本能をくすぐられてみれば。
「…本気だから。琴音のこと、絶対幸せにするから!」
川西君がその場で立ち上がり、宣言してしまった…
「ちょ…川西くん?一旦、落ち着こう…」
さすがに、店内のお客さんからの視線が痛い。
響からの視線は、背中に突き刺さってもっと痛い…!
なんか、こんなに注目されてしまったら、恋人がいるなんて言えなくなってしまう…
「返事は今日じゃなくていい。でも…本気で考えてみて!」
川西くんはそのまま…1人で店を出て行ってしまった。
えぇ~…
私は1人でどうしたらいいの。
まだカクテル全然飲んでないし、もったいないし…。
しばらく席を立てないでいると、後ろから低音ボイスが柔らかく響いた。
「…蘭子さん、そろそろ行きましょうか?」
「ええ…でも蘭子…もう少しお酒が飲みたいわ。響さんと一緒にいたいの」
「わかりました。お連れしましょう…」
うそ…
川西くんが成長したとか…感動してる場合じゃなかった。
響も、行っちゃうんだ。
別の女の人と…
席を立った2人。
背中を向けてたから見えなかったけど、今なら響のお見合い相手がよく見える。
肩上の黒い髪を緩やかにウェーブにして、白っぽいふんわりしたミディアム丈のワンピースを着てた。
大人可愛い…って言葉がピッタリハマるような人。
「忘れ物はありませんか?」
響が優しく声をかけて、その背中を軽く押すようにエスコートして、ドアを出て行く。
私は目をそらすことが出来なくて、ドアが閉まり切るまで、じっと視線を注いでいた。
コメント
7件
蘭子って緑川蘭子⁈
これからどうなるの?真莉ちゃんもずるいな〰︎琴音ちゃん彼氏いるのに‼️
もう2人ともなにやってるんだか…真莉ちゃんも… 響怒ってるどころじゃないよね💦