テラーノベル
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なんとか青雲学園に着いた。
「はぁ……はぁ……なんとか間に合ったぜ。初日から遅刻ってわけにはいかねーもんな」
痴漢のおっさんのことは駅員に任せ、俺はそのまま学校へ向かった。
まだ息が整わねぇ。だけど──ここからが本番だ。
2年A組。教室のドアを開けると──
ガラッ。
……ん?なんだこの空気は。
薄暗い。全体的に、どよんとしてやがる。
みんな机に顔近づけて、下向いたまま、無言でカチカチカチ……。
「なんだ……?授業中か?いや、違うな……」
よく見ると、全員が手元の小さな四角い板みて、指先動かしてる。
なんかチカチカ光ってて──あれか。ゲームウォッチだな?
(おれも昔やったっけな。ドンキーコングとか……)
そのとき。
「おっはよ〜〜杏奈!!」
背後から勢いよく抱きつかれた。
「うおっ!!」
驚いて振り返ると、そこには──
「ずっと校門で待ってたんだよ〜!」
うるうるした目で、俺を見上げてくる少女。
(な、なんだこの子……!? ってか、かわいい……ッ!?)
「え……お、おれを?」
「……??『おれ』?」
「あっ……あ、ああ……あ、あたいを待っててくれたのかい?」
(やべっ、“おれ”って言っちまった……!)
「杏奈、おもしろ〜い♪」
(こ、こいつはダチなのか?俺の?てか、ドキドキがとまらねぇ……っ!)
女子とこんなに近い距離で話したことあったか?いや、ねぇよ。
だって俺の周りにいた女子っつったら、怖い先輩の彼女か、ケンカ止めに入ってくる保健室の先生くらいだ。
「ねぇ、何回もLINEしたのにスルーしないでよ〜」
(ライン? なんだそりゃ……)
(女子だけが使う秘密の暗号か?)
「そ、そうれはすまねぇな……」
とにかくこの場をやりすごさねぇと──目立っちまう。
彼女はにこにこしながら俺の手をひき、席まで連れていく。
座るとすぐにカバンから何かを取り出した。
「ねぇ、これ見て!」
「お、おぅ……」
のぞき込んだその瞬間──
(な、なんだこれ!?)
画面にイラストが動いてる。だけど、これはゲームウォッチじゃねぇ。
……なんだよ、この鮮明な画質。これはカメラか!写るんですの進化版……。
にしても──近い。距離が。
顔があたりそうだぞこれ!
今までの俺は──
野郎どもに囲まれて、喧嘩に明け暮れた毎日。
バイクと鉄パイプと学ランと、拳で語る人間関係。
(くっ……やばい、どうにかなりそうだ……!)
「これ見て。この前撮ったプリクラだよ~。杏奈、かわいい~!」
「プリクラ……??」
なんだ写真のことか
差し出されたその小さなシールには「ANNA & YUI」の文字。ピースして並ぶ二人の笑顔。
(ゆい……この子ゆいって名前なんだな。杏奈とマブダチってやつか)
俺にもいたな──マブダチ。
晃(あきら)
あいつとはそりが合わなくてしょっちゅうケンカしてたけど、俺にとっちゃあ親友だ。
……今ごろ、何やってんだろうな。
「杏奈?」
結衣の声でハッとした。
「あ、いや仲がいいんだなオレたち」
「大好きなんだから当たり前じゃん」
「ず?」
その時、結衣の後ろ──教室の隅の席に目が止まった。
……あの女子だ。朝の電車で──。
俺は迷わずその子の前へと歩いていった。
「よぉ!なんで朝、逃げちまったんだよ」
──その瞬間だった。
教室の空気が、ピタリと凍りつく。
ザワザワと騒がしかったはずのクラスが、まるでスイッチを切ったように静まり返った。
しん……
女子はそのまま動かない。
机の上で指先だけが震えていた。
(ん……? なんだ、この空気は……)
誰かが、写ルンです(スマホ)をこちらに向けていた。
(なんだアイツ……こんな場面を撮るつもりか?……って、いや、そんなこたぁどうでもいい……)
視線を感じる。全方向からの圧。
(……こりゃ、ヘンだ。オレがこの子に話しかけるのが、よっぽど“ヤバいこと”みたいじゃねぇか……)
だが、それでも俺は口を開いた。
「おーい?」
一歩、踏み出そうとした瞬間──
その腕を、誰かがぐいっと掴んだ。
「杏奈っ!」
結衣が俺の手を掴んで、引っ張り出す。
「お、おいっ」
「杏奈、トイレ行こ!」
「……連れションかよ。まぁ、いいけど……」
「……連れション?」
「あっ、いや、なんでもねぇ」
女子トイレ──。
まさに、男子禁制。聖域だ。
だが、今の俺は……杏奈。
入っていい……はず……だ。はずなんだけど……。
ドアの前で、脚が止まる。
結衣は不思議そうに言った「どうしたの?」
「い、いや……ここで待ってるわ」
「……変なの~」
そう言って、結衣は笑いながらトイレに入っていった。
残された俺は──
薄いピンク色のタイルと、“女子トイレ”と書かれたプレートを前に、ただ立ち尽くすしかなかった。
結衣を待って、あの子の事を聞いてみるか。
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