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5話 クジラ
朝の水族館は、
予定通り開く。
入口の床は乾いていて、
足音が軽い。
制服の肩は張り、
名札は胸で静かに止まっている。
水槽の前に立つ人がいる。
髪を後ろで束ね、
袖をまくっている。
視線は泳がず、
ただ水を見る。
クジラの水槽は、
いつもと同じ場所にある。
光は残っている。
薄く、
奥に沈んでいる。
誰も、
立ち止まらない。
昨日、
そこに立っていた人の分だけ、
間が空く。
だが、
気づく者はいない。
話しかける声がない。
呼ぶ名前もない。
写真の端に、
切り取られた余地がある。
そこに誰がいたのか、
思い出されない。
朝は進む。
案内の声が響く。
子どもの手が振られる。
クジラは動かない。
光は、
増えもしない。
水槽の前に、
影は一つだけ。
それで十分だと、
世界は判断する。
眠らない水族館は、
今日も開いている。