テラーノベル
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Side:莉犬
「あー、疲れた〜!」
交番の椅子に背もたれに体重を預けながら、思わず大きなため息が口から漏れる。
「ふふ、もうすぐ休憩の時間だから、もうちょっとだけ頑張ろっか」
隣のデスクから、なーくんがいつもの優しい笑顔で声をかけてくれた。
「はーい!」
今日もたくさんの仕事が舞い込んでいる。
ちなみに、今日はらいとが休みで、さとみくんは別の交番に応援に行っているため、今この交番にいるのは俺となーくんを含めた4人だけだ。
「ななもりさん。今、ひなたびのメルトさんから連絡が入りました」
同僚の警察官がスマホを片手に、真剣な表情で振り返る。
「えっ、メルトくんから? 何があったの?」
なーくんのその言葉に、交番内の空気が一気に張り詰める。普段、メルメルから直接連絡が来ることは滅多にない。それがあるということは、緊急事態だ。
「小学生が不審者と遭遇し、誘拐未遂に遭ったそうです」
「……! 莉犬くん、すぐに向かうよ」
「もちろん!」
なーくんはすぐに立ち上がり、上着を掴んだ。
「ここはよろしくね」
「はい、お気をつけて!」
残る同僚に後を託し、俺となーくんは急いで交番を飛び出して「ひなたび」へと向かった。
走っている途中、遠くに心音くんの姿を見かけた気がしたけれど、今は一刻を争う状況だ。
心音くんの隣には他の子も一緒にいたみたいだし、ひとまずは大丈夫だろう。俺たちは足を止めずに先を急いだ。
息を切らせて店に飛び込むと、カウンターの奥にいたメルメルにすぐに声をかけた。
「ただいま! メルトくん、状況は!?」
「親御さんへの連絡は済んでる?」
俺が焦って問いかけると、メルメルは少しホッとしたように表情を緩めた。
「あ、二人とも。連絡はもうしたよ。今こっちに向かってきてる。他の子たちのお迎えもお願いして、さっき帰ってもらったところ」
「そっか、ならよかった。……それで、被害に遭った子は?」
なーくんの問いに、メルトくんは少し痛ましそうな表情を浮かべる。
「ゆたくんだよ。今は奥の部屋にいる」
「ゆたたか……っ」
俺となーくんは、すぐに店の奥の部屋へと向かう。
そこには心配そうに佇むころちゃんの姿があった。
「ころちゃん、詳しい状況は分かる?」
なーくんが尋ねると、ころちゃんは小さく首を振って、静かに部屋の入り口を指差した。
「うん。……ちょっと、上の階で話そうか」
ゆたくんに刺激を与えないよう、なーくんところちゃんは状況を整理するために2階へと上がっていった。
残された部屋の隅で、ゆたたはたちばなくんの膝の上に顔をうずめ、小さく丸まっていた。俺はそっとその隣にしゃがみ込む。
「ゆたた、ちょっと腕見せてくれる?」
「……莉犬くん」
ゆたたが恐る恐る差し出してきた小さな腕を見て、胸が締め付けられた。そこには、大人の手で強く握りつぶされたような、くっきりとアザが残っていた。
「これ、写真撮ってもいいかな?」
「うん……いいよ」
これは立派な誘拐未遂事件だ。犯人を捕まえるためにも、確実に証拠を残しておかなければいけない。スマホのカメラを起動し、痛々しいアザの記録をしっかりとる。
「もうすぐお母さん来てくれるからね」
「うん……」
「怖かったよね。でも、もう大丈夫だから! 俺たちが絶対におじさんを捕まえる。それまでは、あまり一人で行動しちゃダメだよ?」
「うん、わかった」
写真を撮り終えたタイミングで、階段を降りてくる足音がして、なーくんたちが戻ってきた。
「ゆたくん。その、助けてくれたお兄さんはどんな人だったか覚えてる?」
なーくんが優しく目線を合わせて問いかけると、ゆたたは記憶をたどるようにぽつりぽつりと話し始めた。
「えっとね、髪が赤くて黒いメッシュが入ってた。目は青緑っぽくて、心音くんと同じくらい背が高かったよ」
「そっか。怖い中、よく見てて偉いね」
「うん! あとね、おじさんが、そのお兄さんのことを『ロゼくん』って呼んでた」
「! ……ゆたた、色々と教えてくれてありがとう」
ロゼ、という名前に俺はハッと目を見張る。
有力な情報を得てから数分後、ゆたたのお母さんが息を切らせて部屋へと駆け込んできた。
「ゆた! 大丈夫だったの!?」
「うん。怖かったけど、もう大丈夫だよ」
我が子を抱きしめるお母さんは、こちらを振り返って深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました……!」
「ころんさんから状況は伺いました。警察側としては、今回の件は誘拐未遂事件として正式に進めていきます」
なーくんの頼もしい言葉に続いて、ころちゃんも一冊のノートを手渡す。
「こちら、今日あったことの流れをまとめておきました。色々と大変でしょうから、今日はおうちに戻ってから確認してください」
「何から何まで、本当にありがとうございます。それでは、失礼します」
ゆたたはお母さんとしっかりと手を繋ぎ、少し安心した様子で帰っていった。それを見送って、俺たちも腰を上げる。
「よし、俺たちも一度戻って、本部に報告しよっか」
「うん。ころちゃん、またね!」
「うん、二人とも気をつけて。僕たちも、しばらくは周辺の警戒を強めておくよ」
ころちゃんの言葉を背に、俺たちは交番へと急いだ。
ーーー
Side:ロゼ
「ロゼくん、今日のご飯楽しかったよ♡ はい、これ」
目の前のおじさんが、下卑た笑みを浮かべながら封筒を差し出してくる。
「ありがとう。僕もすごく楽しい時間だったな〜……でも、さっきみたいに小学生の子に強引に絡むのはもうやめてね。次にあんなことしてたら、僕、悲しくておじさんに会いたくなくなっちゃうな」
「ご、ごめんね。気をつけるよ。じゃあ、またよろしくね」
「うん、バイバイ」
男の姿が完全に見えなくなったのを見届けてから、大きく息を吐き出す。
「はぁ……。やっと帰ったかよ」
張り付いていた営業用の笑顔を消し去ると、どっと深い疲労感が押し寄せてきた。
本当に疲れた。だけど、この後にも別の予約が入っている。
(……それにしても、昼間のあいつは本当に危なかったな)
自分が待ち合わせ場所に少し遅れただけで、通りすがりの小学生を無理やり連れていこうとするなんて。俺だってまだ未成年だけど、子どもを巻き込むような真似はさすがに引く。あの子、ちゃんと無事に逃げられただろうか。
「さてと、次は……あぁ、ホテルか」
スマートフォンの画面に表示された次の待ち合わせ場所を確認する。
こういう割り切った仕事は、いつまで経っても気持ち悪くて仕方がない。けれど、背に腹は代えられない。この方法が一番効率よく稼げるのだから。
「……とりあえず、少しだけ仮眠をとるか」
重い足取りのまま、近くのネットカフェへと向かう。薄暗い個室のシートに横たわり、アラームをセットして目を閉じた。
スマートフォンの画面に表示されたアラームの振動で、パッと目が覚めた。
ネカフェの薄暗い個室で身体を起こし、小さくため息をつく。鏡の前で髪を整え、お馴染みの営業用の表情を顔に張り付けてから、街へと流れ出た。
夜の繁華街は、昼間とは全く違うギラギラとしたネオンに包まれている。
指定されたホテルのエントランスをくぐると、独特の静けさと香水の匂いが鼻を突いた。
奥のソファーで待っていた男の姿を見つけ、瞬時に表情を作る。
「お待たせ。ごめんね、ちょっと用事があって遅くなっちゃった」
わざと少し甘えたようなトーンで声をかけると、男は嬉しそうに目を細めて立ち上がった。
「ううん、全然待ってないよ。じゃあ、行こうか」
「うん」
「今日はいっぱい持ってきたから、朝までたっぷりお願いね」
「ほんとに!? ありがと、〇〇さん」
フロントの従業員から鍵を受け取る。
「302号室へどうぞ」
俺はまだ未成年だけど、ここで呼び止められることはまずない。普段から少し大人びた服を着て、それらしく振る舞っているからだろう。慣れた足取りでエレベーターに乗り込み、部屋へと向かった。
部屋に入ると、俺はすぐに笑顔のまま男に声をかける。
「ねえ、先にお風呂入ってきてもいいかな?」
「いいよ、ゆっくりしておいで。ベッドで待ってるからね♡」
「はーい、すぐ戻るね」
バスルームに入り、カチャリと鍵を閉めた途端、顔から引きつった笑顔が消え去る。
(こいつらの思考は、大体みんな同じだ)
優しく話しかけて、楽しんでいるフリをしておけば、それだけで勝手にお金を落としていく。
服を脱ぎ、シャワーの温かいお湯を浴びながら、水滴のついた鏡をそっと拭った。映し出された自分の体に目を落とす。
「……あ、まだ首輪の跡、残ってるな」
指先で首元に触れる。
この世界のおじさんたちの中には、道具を使いたがる奴が一定数いる。手錠や首輪で拘束してくるのはマシな方で、時には首を絞めてくる奴すらいる。
……かと思えば、ホテルを指定しておきながら、時間いっぱいまでただ身の上話をするだけで満足して帰っていく不思議な奴もいる。本当に、人間っていうのはよく分からない。
天井を仰ぎ、温かいお湯を顔に浴びながら、自分のこれまでの人生に思いを馳せる。
俺の母親は元モデルで、父親は俳優だった。
けれど、父親は俺が母親のお腹にできたと知った途端、すぐにいなくなったらしい。残された母親も、しばらくして精神を病んで入院し、最終的にはどこかへ失踪してしまった。
その後は母方の祖父母に引き取られて育てられたけれど、その二人も2年前に立て続けに亡くなった。
帰る家も、頼れる親戚も、なにもない。
「……だから、やるしかないんだよな」
15歳になってから、今日までずっと、俺はこの夜の街で、この世界だけで生き延びてきた。生きるためには、こうしてプライドも体もなにもかも切り売りするしかなかった。
シャワーを止め、濡れた髪をタオルで拭きながら、俺はもう一度、鏡に向かって完璧な「ロゼ」の笑顔を作った。
「まだかな〜」
扉の向こうから待ちきれないような声がする。
「もう出るよ」
急いで着替えて浴室を出る。
今日も地獄の時間が始まる。
#りくえすとぼしゅ~。
コメント
6件
最高すぎです‼️ ロゼくんも出てきた‼️

ありがたいことに前の話の♡が200になってました! 本当にありがとう
うわっ、今回は莉犬サイドとロゼサイドの両方があって一気に深みが増したな……! ゆたくんの誘拐未遂事件、助けたのがまさかのロゼだったっていう繋がりに震えた。しかもロゼ、あの明るい営業トーンの裏で15歳からずっと体売って生きてきたっていう壮絶な過去が……首輪の痕とか母親の話とか、ここまで重いとは思わなかった。莉犬たち警察サイドはしっかり事件対応しててかっこよかったけど、ロゼの地獄も描かれてて胸が苦しい。この先、二人がどう交わるのかめちゃくちゃ気になる! ロゼ、救われてほしいな……😢🔥