「悪口だなんてひどいですね。私は女性として、アドバイスをしてあげてるんです。『文映堂』の将来のために。彼女がもしあなたと付き合うことになったら、その時は恭香ちゃんの裏の顔がはっきりわかるでしょうね。残念ながら、女なんてみんなそうなのに」
違う、恭香は違う。
声をかけて、無理やり引っ張っているのは俺の方なんだ。
なのに、なんだ、この不安な気持ちは。
いや、冷静になれ。
あいつは山本さんとは違う。
恭香は、素直で優しくて笑顔が素敵な可愛い女性だ。
お金目当てなわけがない。
俺は、不本意にも少しの不安を抱えてしまった。
情けないことだ。
山本さんの圧があまりにもひどくて、危うく惑わされるところだった。ある意味、この人が放つ言葉は、正しいか間違っているのかは別にしても、人の心を動かせるほどの力があるのかもしれない。
とにかく、俺は間違いなく恭香を信じている。
恭香はただ俺のことを信頼してそばにいてくれている。
今はまだ、彼女の気持ちを自分のものにできていないが……いつか必ず……
今は仕事に集中しなければ。
クライアントとの打ち合わせが始まり、俺も山本さんも完全仕事モードに切り替えた。
今後の予定やCMなどの内容について、細かな調整が話し合われた。
山本さんの発言やアイディアはとても良いものだった。やはり仕事においては、『文映堂』に必要な人だと思った。
彼女のおかげもあり、何とか上手くまとまりそうだ。
俺たちは、クライアント先を出て、会社に戻り、早速チームとミーティングを行った。
温泉地への下見については、俺と一弥君で行くことになり、実際にCMに出てもらう旅館を予約して、1泊することにした。
「一弥君、ちょっといいかな?」
「何? どうかした? 本宮君」
「仕事中悪い。今度の下見だけど……森咲も一緒に連れて行っていいか?」
「えっ、恭香ちゃんを誘うの?」
「ああ、みんなには内緒で」
「……僕は、嬉しいけど」
一弥君はあまり驚かなかった。
もしかして、3人でいることで、恭香の気持ちがハッキリするんじゃないかと思った。
だから、かなり強引のやり方かもしれないけれど、一弥君に提案した。
笑顔の奥に隠した悩み。
本当はどちらが好きなのか?
恭香は誰のことが好きなのか……
恭香の苦しむ顔はもう見たくなかった。
その上で、もし俺がフラレたら……
その時は、恭香の気持ちを受け止めなければならない。
わかってるつもりだ。
でも……やっぱり恭香を失いたくはない。
ずっと彼女のそばにいたい。
もし恭香が一弥君を選べば、俺にとって、これ以上つらいことはないだろう。
それでも、何か前に進むきっかけを作ってあげたかった……いや、俺は自分のためにそうしたかったのかもしれない。
恭香を愛した1人の男として、恭香の本当の気持ちを知りたい――
ここまでの感情を女性に対して抱いたのは、生まれて初めてだった。
いつだって、純粋に俺のことを想ってくれる人は、1人もいなかった。みんな、山本さんのように、御曹司としてしか見てくれなかった。
恋愛なんてしたくない――
いつしか、そんなふうに思うようになってしまった。
今、俺は恭香を愛している。
本気で恭香がいつも隣にいる人生を望んでいる。
なのに、恭香の心の中には、俺と同じくらい一弥君がいる。決して、一弥君の存在を消すことができずにいるんだ。
恭香が望む未来を一緒に歩んでいく相手は一体誰なのか?
その本当の答えを、俺だけじゃない、きっと恭香も探し出したいはずだ。
一弥君だって、きっと……
「森咲には俺が話すよ」
「うん、わかった。本宮くんに任せるよ。また詳細は連絡して」
「ああ、わかった。OKしてくれてありがとう」
一弥君も、何かを感じたんだろう。
3人で一緒に行く意味を――
俺は、夜になって、恭香にそのことを話した。
「私も……一緒に行っていいの? 同じチームじゃないのに……」
「きっと勉強になるから、一緒に行こう」
「……うん、わかった。でも、みんなには内緒なんだね」
「……ああ。悪いな。でも……」
「誰にも言わないよ。私も……お仕事の勉強のためだもんね」
言葉ではそう言っていたが、恭香にも、3人で行く意味がわかっているのかもしれない。
最初はためらっていたが、承諾してくれた。
その日が来るのが楽しみのようで……少し怖い。
きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。
恭香は、いつもそばにいるのに、どうして俺はこんなにも不安になるんだろう。
不安を消すために、無理やり恭香を押し倒すことだってできないことは無いのに……
いや……
そんな卑怯なことは絶対にできるはずがない。
恭香は、今、とても優しい顔をしている。
この笑顔が愛おしくてたまらない。
この子を……絶対に泣かせたりしない。
俺が、一生、守る。
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