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「一週間接近禁止」最終日
その一週間は、私にとって永遠にも等しい試練だった。
ようやく熱も下がり
体調を取り戻した私は、イグニスと共に王宮主催の夜会に出席していた。
会場の重厚な扉が開かれ、足を踏み入れた瞬間
いつものように周囲の視線が突き刺さる。
けれど、今日の内容は少し違った。
いつもなら、周囲が眉をひそめるほど私の腰を砕かんばかりに抱き寄せ
衆目も憚らず耳元で愛を囁き続けるイグニスが
今日は私をエスコートする手すら、壊れ物に触れるように遠慮がちだったから。
(……一週間の「おあずけ」を、彼はまだ忠実に守ってくれてる…)
看病の夜、高熱に浮かされた私があれほど彼に縋ってしまったというのに。
彼は「アデレードとの約束だから」と、今日まで不必要な接触を極限まで断ち切っていた。
そのせいか、私たちの間には拳一つ分の不自然な距離が空いている。
私にとっては彼の誠実さと愛の深さの証でも、事情を知らない社交界の面々には、不仲の兆候───
「氷の王太子がようやく公爵令嬢に飽きた」という、格好のゴシップに見えたようだった。
「……アデレード、具合が悪くなったらすぐに言ってくれ。無理はさせたくない」
「大丈夫よ。でも、ありがとう。イグニスこそ、無理をして倒れたりしないでよ…? 明日からは……元通りになるんだから」
気遣わしげな彼の視線に、胸が甘痒く疼く。
早くこの形式張った夜会を終わらせて、一週間分の想いを込めて彼に抱きつきたい。
そんな不敬なことばかりを考えていた、その時だった。
「これはこれは、イグニス王太子殿下。それに、美しきアデレード妃殿下。ご機嫌麗しゅう」
脂ぎった卑屈な笑みを浮かべて近づいてきたのは、バルトン男爵。
かねてより素行の悪さと女性への執着で悪名高い男だったが
彼は私たちが「冷え切っている」と確信したような、不躾で下品な視線を私に投げかけてきた。
「……バルトン男爵か。何か用か?」
イグニス様の声は、まさに「氷の王太子」そのものの冷徹さだった。
周囲の空気を一瞬で凍らせるような拒絶の響き。
けれど、バルトンは怯えるどころか、友好的な振りをしながら私に歩み寄ってくる。
「いえ、妃殿下があまりに沈んだお顔をされていたもので、お慰めでもと思いまして。殿下に冷遇されているのであれば、私がいくらでも───」
そう言って、彼は私の手を、挨拶の振りをして強引に掴み取った。
冷たく湿った、爬虫類のような感触に背筋が凍る。反射的に振り払おうとした、その瞬間だった。
「───んっ!?」
あまりの出来事に、思考が停止した。
バルトンは掴んでいた私の腕を思い切り引き寄せ、抵抗する間も与えず
あろうことか衆人環視の中で私の唇を、強引に奪ったのだ。
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紫陽花