テラーノベル
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#リクエスト待ってます!
視界は、常にノイズが走る古いモニタ一のようだった。
白と黒、それから時折、網膜を刺すような暴力的な赤。色のない六畳一間に、不規則な電子音が鼓動のように響いている。
私は、部屋の中央に置かれた一脚の椅子に、深く、深く、沈み込んでいた。
手首にまとわりつくのは、目に見えない「約束」という名の鎖だ。かつて誰かと指を絡め、熱っぽい声で誓い合ったはずの言葉。けれど今の私にとって、それはただの「始末すべきゴミ」に過ぎない。
「・・・・・・ねえ、聞こえる?」独り言は、湿った空気の中に吸い込まれて消える。
神様が見ていたら、きっと今の私を、泳いだ目線のままの臆病者を、底の抜けた器のように嘲笑うだろう。でも、神様なんてこの閉鎖病棟のような部屋には入ってこれない。ここにあるのは、私と、私じゃない「誰か」の残
骸だけ。
ーコン、コン。
一回目のノック。
それは記憶の底を叩く音。
ーーコン、コン、コン、コン。
二回目のノック。
それは現在(いま)を壊しにくる
音。
私は、床にぶちまけられた赤いインクのような影を見つめた。それが血液なのか、それとも燃え盛る感情の成れの果てなのか、もう判別がつかない。
ただ、その「赤」が部屋の隅からじわじわと浸食し、カーテンを、思い出の詰まった本棚を、そして動かなくなった「君」の輪郭を、静かに、けれど確実に焼き尽くしていく。
「早々に、ね。早々に」歌を歌うように呟いた。
私は知らない。君も何もしていない。そう自分に言い聞かせるたび、胸の奥で不協和音が膨れ上がる。
私は鏡のない壁に向かって首を傾げた。
熱い。部屋が燃えている。
なのに、心臓の奥だけが氷のように冷え切っている。
この火がすべてを灰にすれば、私は「誰でもない私」になれるだろうか。
それとも、灰の中からまた、同じ過ちを繰り返す「誰か」が生まれるだけなのだろうか。
ーードンドン、ドンドン!!
ノックの音は、次第に激しさを増していく。扉が、今にもその薄い板を突き破って、外側の「真実」を連れてきそうだった。
私は、膝を抱えて笑った。
ひっ、ひっ、という、壊れた玩具のような笑い声。
狂っているのは私か、それともこの世界か。
扉の隙間から、真っ黒な影がスルスルと這い入ってくる。
それは私の形をしていた。
あるいは、私が裏切った「君」の形をしていた。
「Who?」
私は問いかける。その声は無垢な幼さと鋭い絶望が混ざり合ったような、奇妙な響きを持っていた。
‘Who are you?
答えは返ってこない。
ただ、激しい光の点滅とともに、部屋の温度が跳ね上がる。
すべてが燃え尽きる寸前、私は見た。
扉を叩いていたのは、外側の人間などではない。
内側から、出られない自分自身が、必死に壁を叩いていたのだということを。
視界が真っ赤に染まり、旋律が最高潮に達する。
私は、燃える部屋の中で一人、最高に卑怯で、最高に幸福な笑顔を浮かべた。
「….・・あはは」
ノイズが走り、世界は暗転する。
次に目を開けたとき、私はまた、あの椅子に座っているのかもしれない。
「誰」でもない、私のままで。
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