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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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 店の中には多数の武器が陳列されている。

 それらは飾りではなく正真正銘の刃物ゆえ、取り扱いには細心の注意を払わなければならない。

 鞘に収まった剣や斧は商品であり、それぞれの値札には価格だけでなく商品名も記載されている。

 店自体はこじんまりとした広さながらも、品目数がそれほど多くないことから、この規模で十分だ。

 総合武器屋リンゼー。イダンリネア王国から認可を受けている、唯一の武器取扱店。

 客の多くが傭兵なのだが、護身用に購入を検討する者は後を絶たない。

 例えば、貿易を担う商人。王国と南の村々を行き来する以上、お守り代わりにナイフを所持すべきか。

 大勢の客で賑わう場所ではないのだが、まばらであろうと客足は途絶えない。

 カランと乾いた音色を鳴らしながら、今日も新たな客が訪問する。

 カウンター越しに扉の開閉を眺める男がここの店主。

 名前はゴッテム・リンゼー。スキンヘッドと強面がトレードマークゆえ、傭兵でさえ一目置く存在だ。

 取り扱い商品が決して軽くないことから、男の腕は太い。それどころか全身を筋肉に覆われており、草原ウサギ程度なら素手で倒せてしまいそうだ。


「いらっしゃ……、なんだエルディアか」


 金属臭が漂う店内に、男の渋い声が響く。言い終えるよりも前に声色が気落ちしてしまった理由は、その女性が客ではないからだ。


「ただいまー」


 茶髪のボブカットを揺らしながら、意気揚々と入店する。

 エルディア・リンゼー。後天的に瞳が魔眼へ変化した、武器屋の一人娘。背の高さは父親譲りなのか、親子揃って長身だ。


「おかえり」

「お母さんいるー?」


 商品とは言え、周囲を凶器に囲まれている。

 そうであろうとここは見知った我が家ゆえ、二人は普段通りのテンションで会話を弾ませる。


「昼食を作ってるはず」

「お昼ご飯なーにかなー? お父さんは聞いてる?」

「いや、知らん」


 素っ気ないやり取りながらも、親子ならこれが平常か。


「そうだ、後でスチールソード一本もらうねー」

「片手剣に鞍替えか?」

「ううん、使うのは私じゃなーい。お代はお母さんにつけといてー」

「七十万イールもか?」

「うむ!」


 エルディアは用件だけを伝えると、店員のような足取りでカウンターに入り込り、父の巨体を避けながら店の奥へ進む。

 その先は生活感漂う空間となっており、つまりは居住用ということだ。


「お母さーん」

「んー?」


 エルディアの大声に対して、遠方から小さな音が返ってくる。

 見慣れた家具に見抜きもせず、グングンと台所を目指せばあっという間に到着だ。

 空気の密度が高まるように、室温が上昇する。具材と共にお米を炒めており、香ばしい匂いはチャーハンのそれだ。


「エウィンって子と話つけてきたよー」

「おかえりなさい。上手くいったの?」


 料理の最中ゆえ、その後ろ姿は振り向こうとすらしない。

 髪の色は娘同様に茶色なのだが、非常に長いことから赤いリボンでふわりと束ねている。

 当然と言えば当然なのだが、武具をまとっているエルディアとは対照的に母親は普段着だ。黒一色のロングスカートを履いており、麦色のカーディガンは袖がまくり上げられている。

 建物自体が年季を感じさせる作りなのだが、台所は片付けが行き届いており、古臭さを感じさせない。

 フライパンの上でお米が色づく中、娘は淡々と報告を続ける。


「交渉はあっさりと成功。いや~、余裕過ぎて逆に驚いちゃった」

「そう、良かったじゃない。段取りの方は?」


 彼女の名前はハバネ・リンゼー。ゴッテムの妻であり、エルディアの母親だ。

 火を止め、フライパンから手を放すや否や、ハバネが娘の方へ振り向くと、彼女もまた魔眼を宿していた。

 身だしなみの如くエプロンを着用しているのだが、二つの双丘は娘同様に大きく、こういった点からも血の繋がりを感じさせる。

 顔立ちもいくらか似通っており、二十年後のエルディアだと言われたら信じる者もいるだろう。


「そっちも問題なし! お昼食べたら合流して、すーぐ追いかける予定」


 エルディアがエウィンとアゲハに声をかけたのが、つい先ほどの出来事だ。三人はギルド会館でパインジュースを堪能しながら話をするも、談笑はことのついででしかない。

 担いでいた両手剣をゴトンと床に置くと、エルディアは母親ではなく未完成の昼食達に目を向ける。

 盛られていないものの、その内の一品はから揚げで確定だ。市場で購入したものであろうと、娘としては文句を言うつもりなどない。エルディア自身も料理は得意ゆえ、揚げ物の難易度は重々承知だ。

 邪な視線を感じ取り、母が釘をさす。


「もうすぐ出来るから、大人しく待ってなさい」

「味見してあげる。そのから揚げ」

「しょっちゅう食べてるでしょうに。いつものお肉屋さんで買ったんだ……、あ! コラ!」

「もぐもぐ、うま」


 ハバネがため息をつくように視線を外した瞬間だった。

 エルディアが武器を手放した身軽さを活かす。一瞬にして数歩分の移動を終えると、素手のまま小金色の塊を掴んで頬張ってみせた。

 つまみ食いが成功した瞬間だ。

 娘は脂ぎった肉汁を満足そうに楽しむも、母親の方は魔眼を見開いて震え始める。


「出しなさい!」

「いやだ! もぐもぐ」


 仮にこのタイミングでから揚げを吐き出したところで、完全に手遅れだ。既に咀嚼されたものが盛り付けられたところで、食欲は減退してしまう。


「く、本当に誰に似たのやら……」

「お母さんでしょ? もぐもぐ。お父さん、こんなことしないし」

「私だってしないわよ、もう……。で? あんたの第一印象を聞かせて」


 当初の予定通り、娘はもう間もなく出発する。

 ゆえに残された時間は少ないことから、怒りを抑えて話を進めなければならない。


「ごっくん。印象って?」

「さっき会って話もしてきたんでしょう? どう思ったの?」


 昼食作りは一旦中断だ。工程としてはほとんど終盤ゆえ、後回しにしたところで問題ない。

 ハバネは呆れるように娘と向き合うも、エルディアはなぜか困り顔だ。母親に似た厚い唇を尖らせながら、ゆっくりと語りだす。


「ん~、普通?」


 彼女がエウィンに抱いた率直な感想だ。

 彼が素朴な少年であることは間違いない。

 六歳で両親と生き別れて以降、浮浪者としてギリギリの生活を強いられていた。

 それでも餓死せずに済んだ理由は、草原ウサギを狩ることで千イール程度の収入は得られていたためだ。

 王国の最底辺に落ちぶれてなお、その性格が擦り切れていない理由は孤独が苦ではなかったからか。

 もしくは、生きる目的を見出すことが出来たからか。

 母親がそうしように、自身も誰かを庇って死にたい。

 そう願ってしまった以上、傭兵という職業は天職だった。


「普通って何よ? あんたと比べて、強そうなのか弱そうなのか」

「え~、そんなの会っただけじゃわかんない。実際に手合わせしてみないと」

「まぁ、そうでしょうけど……」


 見ただけで相手の力量がわかれば、苦労はしない。ハバネもそれはわかっており、娘の言い分に納得する。

 正面へ向き直し、フライパンの炒めご飯をかき混ぜるも、エルディアは不思議そうに問いかける。


「そろそろ教えてー。今日会って思い出したんだけど、あの子って確かウサギ狩りの子だよね? 何でそんな子を今回の追跡に?」


 エルディアがわざわざエウィンを訪ねた理由。それは、同郷の魔女がジレット大森林を目指してしまったからだ。

 そこは現在、王国軍によって封鎖されており、軍人以外は往来が許されない。

 しかし、彼女らは突破したがっている。

 なぜなら、故郷を壊滅させた宿敵を打ち取りたくて仕方がない。

 つまりは復讐だ。

 家族や隣人、そして友人や恋人が殺されたのだから、怒りが静まるはずもなく、いつまでたっても封鎖が解かれないことに苛立ち、ついには強硬手段を選んでしまった。

 反撃のために結成されたチームは、今朝旅立った。

 それゆえにハバネは説得と阻止のため、エルディアを向かわせるつもりでいた。


「あんた一人じゃ不安だから」

「そりゃそうだろーけどさー。今朝、お母さん言ってたよね? エウィンって子なら戦力として申し分ないって。でも本当? 私、こう見えてもけっこう強いんだけど」

「知ってるわよ、そんなこと。そうね、隠してても意味ないし、教えてあげる」


 ここからが本題だ。ハバネはフライパンを揺らしながら、口も動かす。


「ハクア様の指示なの。エウィンの実力を見極めろって」

「ほへー、珍しい。でも、何で?」


 解答のようで、そうではない。依頼人について明かされたところで、やはり不明な点は不明なままだ。

 ジューシーな匂いが立ち込める台所で、エルディアは母の背中を見つめながら問いかける。その人物については知っており、だからこそ疑問は払拭されていない。


「まぁ、事の始まりは私なのかしら? あぁ、違う違う。ロザリーから告げ口があったの。異常な傭兵を見つけたって」

「それがあの子?」

「そういうこと。あんた、下から上層区画へジャンプで飛び移れる?」


 イダンリネア王国は二つの領土に分かれている。

 王国民が暮らす城下町と、貴族や王族用に設けられた上層区画だ。

 山の麓を目前とした平地には、何万もの民が暮らしている。主要な施設もここに集中しており、貧困街や港、ギルド会館も例外ではない。

 対して、特権階級とも言うべき人間はある意味で隔離されている。山の中腹をわざわざ切り開き、そこに城や高級住宅街を建設した。


「上層区画って貴族街のこと?」

「そう」

「ん~、いける!」

「でしょうね。だけど、ほとんどの傭兵には無理なの。建物をピョンと飛び越えるのとはわけが違うもの」


 ハバネは娘の発言を否定しない。母親としての贔屓ではなく、エルディアという傭兵がそれほどの実力を持ち合わせていると知っているからだ。

 実は、この母も同じことが出来てしまう。

 しかし、今は裏方に徹しており、戦地に赴くことはない。


「そだねー。私だって力を解放しないと難しいかもだし。試したことないからわからんけど。んで、エウィン君はそれが出来る、と。ピョーンと飛んでみせたの?」

「そのようね。ロザリーの勤め先に用事があったみたいで、忍び込んだってわけ」

「なーほーね」


 ロザリーは仲間の魔女だ。貴族御用達の病院に勤める女性であり、言わばスパイのようなものか。


「律儀に私に報告してくれて、話し合った結果、ハクア様にも共有することにしたの」

「ふ~ん、そゆことねー」


 とりあえずの納得だ。ハクアという人物について理解しているからこそ、母の説明に頷くことが出来た。

 しかし、話は終わらない。


「ハクア様の差し金で、ネイとキールがエウィンに喧嘩を吹っ掛けたんだけど、どうなったと思う?」

「お、すごい人選。ネイちゃんは相変わらずこき使われてるのねー。んー、だけどなー、ネイちゃんっていっつもリバースしてる印象しかないからなー」

「何よそれ?」

「腹パンされて吐いちゃう、みたいな。何回も目撃してるのよねー」

「なに? ネイっていじめられてるの?」

「あ、違う違う。喧嘩と言うか模擬戦でそうなっちゃうの。ネイちゃんを絶対許さないマンがいるから」


 そう言い終え、エルディアはケラケラと笑い出す。物騒極まりない話題だが、彼女にとっては楽しい思い出なのだろう。


「ネイって相当の実力よ? いったい誰が……、あぁ、あの子ね」

「そうそう。んでさっきの問題なんだけど、そりゃネイちゃんが勝つんじゃないの? キールって人のことはよくわからないけど」

「残念、不正解。エウィンの圧勝」

「ほへー、そんなにすごいんだ」


 結果はハバネの言う通り、エウィンの勝ちだ。衣服を焦がされてしまった上、鼻血も流してしまったが、致命傷とは言い難い。


「戦闘系統すらも見抜けなかったそうよ」

「腕っぷしだけで二人をぶっ飛ばしたってことかー。もしくは……」

「そういう可能性もあるでしょうね。ハバネ様からは追試の依頼が来てたんだけど、その後、彼を見かけることがなくなって……」

「あー、そういうこと。このタイミングで帰って来たから、みんなの追跡がてらエウィンを試そう、と……」


 エルディアが納得する一方、チャーハンが完成したことから、ハバネはその手を止める。

 同時に振り向くのだが、話はなおも継続される。


「あんただけじゃ不安だからね」

「えー、そんなことないって」

「どうせ説得は無理でしょう? となると、魔眼を開放して無理やりにでも連れて帰らないといけない……けど、あんた、手加減と出来るの?」

「う、それは確かに……」


 敵討ちのために出発した魔女達。彼女らを放っておけば、王国軍との衝突は避けられない。

 穏便に済ますためにも追跡は必要であり、魔女を束ねるエルディアが当然のようにその役割を担うのだが、今回ばかりは適任ではなかった。

 一石二鳥の案として、ハバネはエウィンという未知の存在を投入することを決定する。

 本当に強いのか?

 その実力はいかほどなのか?

 試す案件としては少々物騒なのだが、娘を信じているからこそ提案する。


「パオラちゃんなら実力としては申し分ないんだけど、さすがに……ね」

「そだねー。血なまぐさいことになっちゃうかもだし」

「そうならないことを祈るわ。王国軍は敵ではなく味方なんだもの……」

「死体の片付けやら何やらでお世話になったからなー。いざこざは起こして欲しくないねー」


 以上で確認事項は終了だ。

 エルディアは母親から本件について事情を説明してもらい、ほぼほぼ納得を終える。


「さぁ、お皿並べるの手伝って」

「あ、その前にいいかな?」

「ん?」


 エルディアだけが見抜いている。

 正しくは、ハバネ達だけが見落としている。


「お母さんとハクアさんは、エウィン君をマークしてるんだよね?」

「えぇ、そうよ」

「じゃあ、一緒にいるアゲハって子のことはどこまで調べてるの?」


 その問いかけが、ハバネを一瞬ながら混乱させる。質問の意味が理解出来なかったためだ。


「ただの仲間じゃないの? 私に来てる報告は、その程度よ」

「う~ん……」


 母の回答に、娘は納得しつつも眉をひそめてしまう。

 出来立てほやほやのチャーハンがフライパンの上でその香りを振りまいており、台所は刺激的な匂いで満ちている。

 鼻腔を刺激されながらも、エルディアは率直な感想を述べずにはいられなかった。


「あの子の方が、遥かにヤバイと思うんだけど……」

「どういうこと?」

「底が見えないと言うか、底を覗いたらとんでもない化け物が見つめ返してきそうと言うか……。とにかく、ヤバイ!」


 曖昧な表現だ。

 しかし、彼女にとってもそうとしか言い表せない。

 なぜなら、わからない。

 アゲハが悪人でないことは一目で明らかだ。気の弱そうな、それでいて他者に対して怯えるような立ち振る舞いは、偽りのない性分なのだろう。

 そこまでは見抜くことが出来た。

 そこから先が問題だ。

 彼女には、底知れぬ何かがある。エルディアの魔眼がそのことを見抜いてしまうも、その正体まではわからず仕舞いだ。

 踏み込んではならない。

 本能がそう察した以上、母への報告は必須だった。


「何よそれ? もっとハッキリ説明なさい」

「むーりー。だってわかんないんだモン。あ、エウィン君だけを連れてく予定だったけど、アゲハちゃんもついてくことになったから。そこんとこよろしくぅ」

「ふーん、それは構わないけど。念のため、ハクア様に報告しておいた方がいいのかしら?」

「お任せー。んじゃ、お昼ごはーん」


 団らんも兼ねた報告会は今度こそ終了だ。

 エルディアは昼食後、エウィンとアゲハを引き連れ王国を旅立つ。

 目的は、許可なく敵討ちに向かった同胞達を追跡するため。

 彼女らは魔女であり、そして敵もまた魔女。追跡するエルディアも魔女なのだから、部外者はエウィンとアゲハの方か。

 目指すはジレット大森林。

 その入り口には軍事拠点が築かれており、今はわけあって封鎖中だ。

 魔女の里はその先にあった。

 現在は滅びており、多数の亡骸が埋葬されている。

 そして、今は謎の魔女によって占拠されており、復讐に燃える四人組がそこを目指して進行中だ。

 エルディア達の里を襲撃した、七人の魔女。

 逃げ延び王国に移住するも、復讐の炎を燃やし続けた魔女。

 彼女らを追跡するエルディア達。

 巨人族から王国を守るため、ジレット監視哨を封鎖する軍人。

 四つの思惑が戦場で交錯する。

 その際に何が起きるのか、それは誰にもわからない。

 観客席から眺めていようと例外ではない。最前列であろうと同様だ。

 新たな戦いが始まる。

 イダンリネア王国と魔女。

 人間と魔物。

 様々な意志が、その地で激突する。

戦場のウルフィエナ~その人は異世界から来たお姉さん~

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